OSSで実現する効率化・コスト削減

TheHiveとShuffleによるセキュリティ運用自動化:インシデント対応時間短縮とコスト削減事例

Tags: セキュリティ運用, インシデント対応, 自動化, SOAR, TheHive, Shuffle, コスト削減

セキュリティ運用に求められる効率化とコスト最適化

近年、サイバー攻撃の手法は巧妙化・多様化の一途をたどり、組織が検知するセキュリティアラートの数は増加傾向にあります。これに対応するため、セキュリティ運用チーム(SOC: Security Operation Center)は膨大なアラートのトリアージ、調査、分析、対応といった業務に追われています。特に人材リソースが限られる中で、手作業による定型業務の比率が高いことは、運用負荷の増大、対応時間の遅延、そしてそれに伴うコスト増大や被害拡大リスクの要因となります。

このような背景から、多くの組織ではセキュリティ運用の効率化とコスト最適化が喫緊の課題となっています。特に、インシデント発生時の初動対応や定型的な調査プロセスを自動化・標準化することは、運用チームの負担を軽減し、より高度な脅威分析やプロアクティブな対策にリソースを集中させるために不可欠です。本記事では、OSSであるTheHiveとShuffleを組み合わせることで、セキュリティインシデント対応プロセスを自動化・効率化し、運用コスト削減を実現した事例をご紹介します。

導入前の状況:手作業中心のインシデント対応と限界

本事例の組織では、複数のセキュリティツール(SIEM、EDR、IPSなど)から日々大量のアラートが生成されていました。これらのアラートは、まず担当者によって手動で集約・確認され、その後、脅威の種類に応じて様々な情報源(マルウェア分析プラットフォーム、脅威インテリジェンスフィード、OSINTツールなど)を用いた手動調査が行われていました。

インシデントと判断された場合、チケット管理システムを用いて対応状況を記録し、複数の担当者間で手動で情報共有やタスク割り当てを行っていました。このプロセスには以下のような課題がありました。

導入の意思決定とOSS選定

これらの課題を解決するため、組織はセキュリティインシデント対応プロセスを標準化・自動化するプラットフォームの導入を検討しました。商用SOAR(Security Orchestration, Automation and Response)製品も選択肢にありましたが、以下の理由からOSSを活用する方針となりました。

OSSのSOAR関連ツールを比較検討した結果、インシデント管理プラットフォームとして「TheHive」、自動化・オーケストレーションエンジンとして「Shuffle」を選定しました。

導入における懸念点としては、OSS特有のサポート体制(コミュニティベース)と、複数のOSSを連携させることによる構築・運用時の技術的な複雑さが挙げられました。これに対し、組織としては専任の担当者を配置し、コミュニティへの積極的な参加や情報収集を行うとともに、段階的な導入計画を策定することでリスクを低減する戦略をとりました。

TheHiveとShuffleによる具体的な導入・活用

TheHiveとShuffleは、既存のSIEMツールから発行される特定のアラートをトリガーとして、自動的にインシデントケースを作成し、初動調査や定型的な対応を実行するワークフローを構築するために導入されました。

アーキテクチャ概要

簡略化されたアーキテクチャは以下のようになります。

[SIEM/Alert Source] --Alerts--> [Shuffle] --Workflow Execution--> [External Tools (TI, Sandbox, etc.)]
                                   ^                              |
                                   |                              v
                                   +------------------------------+
                                   |
                                   v
                               [TheHive] <--Analysts Interact--> [Analysts]
                                   ^
                                   |
                               [TheHive API]

SIEMから特定のアラート(例: 特定のIPアドレスからの不正アクセス試行、マルウェア検出)が発行されると、ShuffleがWebhookやAPI連携を通じてアラート情報を受け取ります。Shuffle内では、定義されたワークフローに従って以下の処理が自動的に実行されます。

  1. TheHiveでのインシデントケース作成: アラート情報を基に、TheHiveに新しいインシデントケースが自動的に作成されます。
  2. IOCの自動収集・エンリッチメント: アラートに含まれるIPアドレス、ドメイン、ファイルハッシュなどのIOCを抽出し、外部の脅威インテリジェンスサービスやマルウェア分析サンドボックスツールに問い合わせ、関連情報を自動的に収集します。
  3. 初動判断のための情報集約: 収集した情報をTheHiveのケースに自動的に記録します。これにより、アナリストは手動で各ツールを確認する手間なく、必要な情報を一元的に把握できます。
  4. 簡単な自動対応: IOCが既知の悪性であることが確認された場合、ファイアウォールやEDR製品のAPIを呼び出し、該当IPアドレスからの通信遮断やプロセスの隔離といった簡単な自動対応を実行します。
  5. トリアージ結果の通知: 自動調査の結果、危険度が高いと判断された場合は、Slackやメールなどの通知ツールを通じて担当者に通知します。危険度が低い場合や誤検知の可能性が高い場合は、ケースのクローズや優先度設定を自動で行います。

アナリストは、TheHiveの画面上で自動的に作成されたケースと集約された情報を確認し、自動化された範囲を超える複雑な調査や対応判断を行います。必要に応じて、TheHive上でタスクを作成し、チーム内で連携して対応を進めます。

導入は段階的に行われました。まず、誤検知率が高く定型的な調査が多いアラートタイプから自動化ワークフローを構築し、効果を確認しながら対象範囲を広げていきました。これにより、現場の運用担当者の抵抗を減らし、ノウハウを蓄積しながら進めることができました。

導入によって得られた成果

TheHiveとShuffleの導入によって、セキュリティ運用において以下のような定量的・定性的な成果が得られました。

直面した課題と克服

導入プロセスにおいては、いくつかの課題に直面しました。

まとめと今後の展望

本事例では、OSSであるTheHiveとShuffleを組み合わせることで、セキュリティインシデント対応プロセスを自動化・効率化し、顕著な運用コスト削減と対応速度向上を実現しました。手作業中心だった運用から脱却し、SOCチームはより戦略的な業務に集中できるようになっています。

この事例から得られる教訓は、必ずしも高額な商用製品を導入せずとも、目的に合致したOSSを適切に組み合わせ、組織のスキルと戦略に基づいて導入・活用することで、大きな効率化・コスト削減効果が得られるということです。特に、セキュリティ運用のように定型的なタスクが多い領域は、自動化による効果が出やすい分野と言えます。

他の組織が同様の取り組みを行う上での示唆としては、以下の点が挙げられます。

今後の展望としては、自動化ワークフローの対象範囲をさらに拡大することに加え、機械学習モデルを組み込み、アラートの重要度判定や相関分析の精度を高めることなどが考えられます。これにより、セキュリティ運用の一層の高度化と効率化を目指していく予定です。本事例が、セキュリティ運用におけるOSS活用の可能性を示す一助となれば幸いです。