商用APMツールからApache SkyWalkingへの移行で実現した運用コスト削減とパフォーマンス監視効率化事例
商用APMツールの課題をOSSで解決:Apache SkyWalking移行事例
多くの企業が、複雑化するシステムランドスケープの運用効率化とコスト最適化に課題を抱えています。特に、アプリケーションパフォーマンスモニタリング(APM)はシステムの健全性を維持し、問題発生時の迅速な対応に不可欠ですが、高機能な商用APMツールのライセンス費用は運用コストを圧迫する要因の一つとなり得ます。本記事では、商用APMツールからの脱却を目指し、OSSであるApache SkyWalkingへ移行することで、運用コスト削減とパフォーマンス監視効率化を同時に達成した企業の事例をご紹介します。
導入前の状況:高コストと限定的な可観測性
この企業では、数年前から主要なビジネスアプリケーション群のパフォーマンス監視に特定の商用APMツールを利用していました。導入当初は一定の効果を上げていましたが、サービス規模の拡大とマイクロサービス化の進展に伴い、以下のような課題が顕在化していました。
- 高額なライセンス費用: 監視対象ホスト数やトランザクション量の増加に伴い、ライセンス費用が年々増加し、IT予算における無視できない割合を占めるようになっていました。
- 運用の複雑性: エージェントのデプロイや設定、ツールの維持管理に専門知識が必要で、運用チームの負担が増加していました。
- 限定的な可観測性: 特定の技術スタックには対応しているものの、新しい技術やOSSの導入に対してエージェントの対応が遅れる場合があり、システム全体のパフォーマンスを統一的に把握することが困難でした。
- データ活用の限定: 収集したパフォーマンスデータを他の運用データ(ログ、メトリクス)と連携させて高度な分析を行うための柔軟性が低い状況でした。
これらの課題は、単にコストの問題に留まらず、DevOpsプラクティスの推進や、障害対応の迅速化、ひいてはビジネス変化への技術的な対応力の足かせとなっていました。
導入の意思決定と選定:OSSへの期待とSkyWalkingの魅力
技術部門責任者層は、これらの課題を解決するために、既存の商用ツールに代わる新たなAPMソリューションの検討を開始しました。検討の軸となったのは、「コスト削減」「運用効率化」「将来的な拡張性」の三点です。特に、コスト削減においては、ライセンス費用が発生しないOSSに大きな期待が寄せられました。
複数のOSS APMツールを比較検討した結果、Apache SkyWalkingが選定されました。その理由は以下の通りです。
- 包括的な機能: 分散トレーシング、メトリクス分析、サービスメッシュ監視など、APMに必要な主要機能を網羅していました。
- 広範な技術スタック対応: Java, .NET, PHP, Node.js, Go, Pythonなど、多様なプログラミング言語に対応したエージェントが提供されており、将来的な技術多様化にも対応可能であると判断しました。
- マイクロサービス監視への適性: サービス間の依存関係や通信状況を可視化する機能が強力であり、マイクロサービスアーキテクチャの運用に適していました。
- 活発なコミュニティとCNCFプロジェクト: Apacheソフトウェア財団のトップレベルプロジェクトであり、Cloud Native Computing Foundation (CNCF) のインキュベーティングプロジェクトであることから、コミュニティの活動が活発で、将来性や信頼性が高いと評価しました。
- OSSエコシステムとの連携: Prometheus, Grafana, Elasticsearch, Kafkaなど、他の主要な運用系OSSとの連携実績や容易性も重要な選定理由となりました。
意思決定プロセスでは、導入にかかる初期コスト(検証環境構築、学習、開発工数)や、内製でのサポート体制構築に関する懸念も挙がりました。これに対しては、PoC(概念実証)フェーズでSkyWalkingの基本的な機能を評価するとともに、既存の運用チームのリソース配分を見直し、必要に応じて外部のOSSサポートベンダーの活用も視野に入れる方針を固めました。
具体的な導入・活用:段階的な移行と運用体制の構築
SkyWalkingの導入は、段階的に進められました。まず、一部の重要度の低いアプリケーションを対象にPoCを実施し、エージェント導入の容易性、データの収集・可視化の精度、運用負荷などを検証しました。PoCの成功後、本番環境への適用を開始しました。
アーキテクチャとしては、Kubernetesクラスター上にSkyWalking OAP (Observability Analysis Platform) サーバーとStorage(Elasticsearch)をデプロイし、アプリケーションには対応するエージェントを導入しました。エージェントは自動的にトレースデータやメトリクスを収集し、OAPサーバーへ送信します。Grafanaと連携し、収集したメトリクスをカスタマイズ可能なダッシュボードで可視化しました。
移行プロセスにおいては、既存の商用APMツールのデータを参照しながら、SkyWalkingで同等以上の可観測性が得られるかを入念に確認しました。特に、キーとなるサービストランザクションの追跡や、エラー率、応答時間のモニタリング設定には時間をかけました。運用チームはSkyWalkingのドキュメントやコミュニティリソースを活用して学習を進め、エージェントのカスタマイズやアラート設定の内製化を進めました。
導入によって得られた成果:大幅なコスト削減と運用効率向上
Apache SkyWalkingへの移行は、期待していた以上の成果をもたらしました。
- 劇的なコスト削減: 商用APMツールの高額なライセンス費用が不要になったことで、年間IT運用コストを約40%削減することができました。この削減額は、SkyWalkingの運用にかかるインフラ費用や人件費の増加分を差し引いても非常に大きなものでした。
- 運用効率の向上:
- 問題特定の迅速化: 分散トレーシング機能により、マイクロサービス間のボトルネックやエラー発生箇所を従来より短時間で特定できるようになりました。これにより、障害発生時の平均復旧時間(MTTR)が約30%短縮されました。
- プロアクティブな監視: カスタマイズ可能なダッシュボードと柔軟なアラート設定により、閾値監視だけでなく、トレンドの変化に基づいた異常検知も可能になり、潜在的な問題を事前に発見する機会が増加しました。
- 運用負荷軽減: 一度確立された運用体制のもとでは、商用ツールのような複雑なライセンス管理や高頻度なバージョンアップ対応が不要となり、運用チームの負荷が軽減されました。
- 可観測性の向上: 新しい技術スタックにも迅速に対応できるOSSエージェントや、柔軟なプラグイン機構により、システム全体の可観測性が向上しました。ログ、メトリクス、トレースをSkyWalkingをハブとして統合的に扱うことで、より多角的な分析が可能になりました。
- 組織への影響: 開発チームは自身のコードがシステム全体に与える影響をSkyWalkingで容易に確認できるようになり、パフォーマンスを意識した開発文化が醸成され始めました。運用チームとの連携もより密になりました。
直面した課題と克服:学習コストと内製サポート
移行期間中に直面した主な課題は、SkyWalkingに関するチーム全体の学習コストと、内製でのサポート体制の構築でした。商用ツールの手厚いサポートに慣れていたメンバーにとって、OSSのドキュメントやコミュニティからの情報収集は当初ハードルとなりました。
この課題に対しては、以下の対策を講じました。
- 集中的な学習期間: チーム内にSkyWalkingのエキスパートを育成するため、数週間をかけて集中的な学習と情報共有会を実施しました。
- コミュニティの活用: 問題が発生した際には、Stack OverflowやGitHub Issue、SkyWalkingの公式メーリングリストなどを積極的に活用し、コミュニティからの知見を得るように努めました。
- 内製ツールの開発: 特定の運用要件を満たすために、SkyWalkingのAPIを活用したレポート自動生成ツールなど、補助的な内製ツールを開発しました。
- 外部ベンダーの活用検討: 重大な問題や複雑なカスタマイズが必要になった場合に備え、OSSサポートを提供している外部ベンダーの情報収集を行いました。(結果的に多くの課題は内製で解決できましたが、この選択肢を持つことがチームの安心感に繋がりました。)
これらの取り組みにより、チームは次第にSkyWalkingの運用に習熟し、内製でのサポート体制を確立することができました。
まとめと今後の展望:OSS APM導入の示唆
本事例は、商用APMツールの高額なコスト課題に対し、Apache SkyWalkingというOSSを活用することで、大幅な運用コスト削減と同時に、パフォーマンス監視および問題特定の効率化を実現できることを示しています。OSSへの移行は、初期の学習コストや内製でのサポート体制構築という課題を伴いますが、活発なコミュニティや柔軟な拡張性といったOSSならではのメリットを活かすことで、これらの課題を克服し、長期的な視点での費用対効果と運用効率の向上を達成することが可能です。
この企業では、今後さらにSkyWalkingの機能を深掘りし、AIOps連携による異常検知の精度向上や、ビジネス指標との関連付けによるパフォーマンスのビジネスインパクト評価などに活用していく計画です。また、他の運用系OSSとの連携を強化し、より統合的な運用監視プラットフォームを構築していくことも視野に入れています。
技術部門責任者の皆様にとって、APMは戦略的に重要な領域です。本事例が、OSS APMの導入検討における一助となれば幸いです。