Redisをキャッシュ+αで活用:サービス応答速度向上とDBリソースコスト削減を実現した事例
導入部:増大するDB負荷とサービス応答速度への懸念
近年、提供するサービスの規模拡大に伴い、バックエンドのデータベースにかかる負荷が増大していました。特に、アクセス頻度の高いデータ取得や、リアルタイム性の求められる処理において、データベースの応答遅延が顕著になり、これがユーザーエクスペリエンスの低下を招いていました。性能改善のためにデータベースサーバーのスケールアップを繰り返す必要が生じ、インフラストコストが継続的に増加している状況でした。
この課題に対し、抜本的な解決策として、データアクセス層の最適化と非同期処理の活用を検討しました。特に、インメモリデータストアであるOSSのRedisに着目し、単なるキャッシュ機能に留まらない多様な活用を通じて、システム全体の効率化とコスト削減を目指すこととしました。
導入前の状況:リレーショナルデータベースへの集中と限界
従来のシステムアーキテクチャは、主要なデータ永続化層としてリレーショナルデータベース(RDB)に大きく依存していました。アプリケーションからのデータ要求の多くがRDBに対して発行され、特に読み取り操作が高頻度で行われていました。
- 技術スタック: 主にJava/Spring Bootによるアプリケーションと、商用のRDBが稼働。
- 運用体制: データベース運用は専任チームが存在するものの、増加する負荷への対応(チューニング、スケールアップ計画)が主要な業務となり、 proactive な改善活動に時間を割きにくい状況。
- コスト状況: RDBライセンス費用、高性能サーバー維持費用が年々増加。特にI/O性能がボトルネックとなりやすく、高価なストレージへの投資が必要になっていました。
- 課題:
- ピーク時のRDB負荷が高く、応答遅延が発生。
- ユーザーの増加や機能拡充によるデータ量の増大が、さらなる負荷増を招く悪循環。
- パフォーマンス維持のためのインフラコスト(サーバー、ストレージ、ライセンス)が増加の一途。
- 特定の高頻度処理がRDBを占有し、他の処理に影響を与える。
- リアルタイム性の高い処理や、多数のクライアントへの通知機能の実装がRDBだけでは困難、あるいは非効率。
導入の意思決定と選定:なぜRedisだったのか
これらの課題を解決するため、データストアの分散、特にインメモリデータストアの導入を検討しました。様々なOSSを比較検討した結果、Redisの導入を決定しました。
選定理由:
- 圧倒的な高速性: データがメインメモリ上に保持されるため、非常に高速な読み書きが可能です。これがサービス応答速度向上に直結すると判断しました。
- 多様なデータ構造: 単なるKey-Valueストアに留まらず、Strings, Lists, Sets, Sorted Sets, Hashesなど、多様なデータ構造をサポートしています。これにより、単なるキャッシュだけでなく、セッションストア、ランキング、キュー、Pub/Subなど、様々な用途に一つのOSSで対応できると考えました。これが、システム全体の設計をシンプルにし、運用対象を限定することに繋がると期待しました。
- Pub/Sub機能: メッセージングパターンを容易に実装できるPub/Sub機能は、リアルタイム通知やシステム間の非同期連携に有効であり、RDBへのポーリングや複雑な連携ロジックを排除し、システム効率を向上させると見込みました。
- 成熟度とコミュニティ: 長年の運用実績があり、活発なコミュニティが存在するため、情報や事例が多く、技術的な課題解決や運用ノウハウの蓄積がしやすいと判断しました。
- スケーラビリティと可用性: Redis SentinelやRedis Clusterといった機能により、高い可用性とスケーラビリティを実現できるため、将来的なサービスの成長にも対応可能と考えました。
導入における懸念点とその対策:
- データの永続性: インメモリデータストアであるため、クラッシュ時のデータ消失リスクがあります。
- 対策: キャッシュ用途以外で永続化が必要なデータにはAOF (Append Only File) を有効にし、RDBスナップショットと組み合わせて定期的なバックアップ戦略を策定しました。また、重要なマスターデータやトランザクションデータは引き続きRDBで管理し、Redisはあくまで補助的な高速データストアとして位置づける役割分担を徹底しました。
- メモリ管理: 使用可能なメモリ容量に上限があるため、容量設計やEvictionポリシーの設定が重要になります。
- 対策: 事前のキャパシティプランニングを入念に行い、 evicted するキーの選定ポリシー(例: LRU)を適切に設定しました。また、Metrics収集を強化し、メモリ使用率の監視とアラート設定を厳格に行いました。
- 運用ノウハウ: 新しいOSSであるため、運用・監視体制の構築が必要です。
- 対策: 既存の監視システム(Zabbix, Prometheusなど)にRedis exporter/agentを追加し、主要なメトリクス(メモリ使用率、コマンド実行回数、キャッシュヒット率など)を可視化しました。ログ収集・分析基盤も整備し、問題発生時の迅速な原因特定を可能にしました。チーム内でのRedis運用に関する勉強会を実施し、担当者のスキルアップを図りました。
具体的な導入・活用:多機能性を活かしたアーキテクチャ改善
Redisの導入は、段階的に進めました。まず、最もRDB負荷が高く、かつデータ揮発のリスクが許容できるキャッシュ用途から開始し、徐々にPub/SubやSorted Setなどの他のデータ構造を活用する範囲を広げていきました。
活用例と簡単なアーキテクチャ要素:
- データキャッシュ:
- 目的: RDBへの読み取りアクセスを大幅に削減し、応答速度を向上させる。
- 活用: 頻繁に参照されるが更新頻度の低いマスターデータや、計算コストの高い集計結果などをキャッシュしました。アプリケーションコードにRedisへのキャッシュ参照ロジックを追加し、キャッシュが存在しない場合のみRDBから読み込み、Redisに格納するパターン(Cache-Asideパターンなど)を適用しました。
- アーキテクチャ: アプリケーション <=> Redis <=> RDB の構成。
- セッションストア/一時データ:
- 目的: ロードバランシングされた環境でのセッション共有や、処理中に発生する一時的な状態を保持する。
- 活用: ユーザーセッション情報や、複数ステップにわたる処理の中間データをRedisのStringやHashとして格納しました。これにより、アプリケーションサーバーのステートレス化を進め、水平スケーリングを容易にしました。
- Pub/Subによる非同期通知:
- 目的: データの更新や特定のイベント発生時、関連する他のシステムやコンポーネントにリアルタイムに通知する。
- 活用: 例えば、ユーザー設定が変更された際に、Redis Pub/Subでイベントを発行し、それを購読している他のサービスが設定変更を即座に検知・反映する仕組みを構築しました。これにより、従来のポーリング処理や複雑なAPI呼び出しチェーンを排除し、疎結合なシステム連携を実現しました。
- アーキテクチャ: コンポーネントA -> Redis Pub/Sub -> コンポーネントB/C...
- ランキング機能:
- 目的: 大量のデータからリアルタイムにランキングを生成・更新し、高速に表示する。
- 活用: ゲームのスコアランキングや、リアルタイムトレンド表示などにRedisのSorted Setを活用しました。得点更新時にSorted Setを更新し、ランキング表示時には指定範囲の要素を取得するだけで済むため、RDBで同様の処理を行う場合に比べて劇的にパフォーマンスが向上しました。
導入プロセスは、開発チーム内でRedisの基本的な操作や設計パターンに関するトレーニングを行い、小規模な機能から段階的に適用することで、リスクを抑えながら進めました。
導入によって得られた成果:パフォーマンス向上と顕著なコスト削減
Redisの多機能な活用は、当初の期待を上回る成果をもたらしました。
- コスト削減:
- DBリソースコスト削減: RDBへのアクセスが大幅に削減された結果、当初計画していたRDBサーバーのスケールアップが不要となり、ハードウェアおよびライセンス費用を年間約30%削減することができました。既存サーバーのリソース使用率も平均で40%低下し、安定稼働に貢献しています。
- インフラ全体のコスト最適化: Redisインスタンスの運用コストは、削減できたRDBコストと比較して大幅に低く抑えられています。全体として、インフラ総コストを年間で15%程度削減できたと試算しています。
- 効率向上:
- サービス応答速度向上: キャッシュヒット率の高い処理において、平均応答速度が50%以上改善されました。これによりユーザーエクスペリエンスが向上し、ビジネス指標にも良い影響が出始めています。
- 開発効率向上: RDBの負荷を気にすることなく、新しい機能に必要なデータをRedisに格納したり、Pub/Subを活用してサービス間連携を容易に実装できるようになったため、機能開発のスピードが向上しました。特に、リアルタイム性の高い機能開発において、その効果は顕著でした。
- 運用負荷軽減: RDBの負荷が軽減されたことで、パフォーマンスチューニングやキャパシティ管理に関する運用負荷が大幅に減少しました。Redis自体の運用・監視体制は必要になりましたが、RDB専任チームのリソースをより付加価値の高い業務にシフトできるようになりました。
- システムのアジリティ向上: Pub/Subによる非同期連携の導入により、各サービスが疎結合になり、独立したデプロイやスケールが可能になりました。これにより、システム全体の変更に対する柔軟性(アジリティ)が高まりました。
直面した課題と克服
導入・運用中にいくつかの課題に直面しましたが、適切に対応することで克服できました。
- メモリ容量管理の難しさ: 想定以上にデータ量が増加したり、不要なキーが削除されずにメモリを圧迫することがありました。
- 克服: Redisの
INFO memory
コマンドや、Redis exporterを通じて取得できるメモリ関連のメトリクス(used_memory, maxmemory, keys, evicted_keysなど)を継続的に監視し、トレンド分析を行いました。TTL (Time To Live) の設定を徹底し、データの永続性を必要としないキーには有効期限を設ける運用を標準化しました。定期的にキーの統計情報(redis-cli --scan + memory usage)を確認し、容量を圧迫しているキーを特定・削除するスクリプトを開発しました。
- 克服: Redisの
- 複雑なデータ構造利用時の注意点: HashやSorted Setなど、RDBとは異なるデータ構造を効果的に使うための設計や、コマンドの特性理解が不十分な場合がありました。
- 克服: 各データ構造のユースケースやパフォーマンス特性に関する社内ドキュメントを整備しました。Redisコマンドの複雑性や、
KEYS
のようなプロダクション環境で実行すべきでないコマンドに関する注意喚起を徹底しました。開発者向けにRedisのデータモデリングに関するワークショップを実施し、適切な設計判断を支援しました。
- 克服: 各データ構造のユースケースやパフォーマンス特性に関する社内ドキュメントを整備しました。Redisコマンドの複雑性や、
- 障害発生時の挙動と復旧: Redisインスタンスやサーバーの障害発生時、データの消失や可用性の低下リスクに直面しました。
- 克服: キャッシュ以外の用途で永続性が必要な場合は、AOFとRDBスナップショットを組み合わせて設定しました。また、本番環境では単一障害点とならないよう、Redis SentinelやRedis Clusterを導入し、自動フェイルオーバーの仕組みを構築しました。障害発生時の復旧手順を明確化し、定期的な訓練を実施しました。
まとめと今後の展望:OSS活用で得られる戦略的メリット
本事例は、Redisを単なるキャッシュとしてではなく、その多様なデータ構造や機能を複合的に活用することで、システムのパフォーマンスを抜本的に改善し、顕著なインフラコスト削減を実現したものです。特に、RDBへの依存度を下げ、インメモリデータストアの利点を最大限に引き出したことが成功の鍵でした。
この経験から得られる教訓は、OSSはその単一機能だけでなく、提供する複数の機能を組み合わせることで、従来のシステム構成では困難だった効率化や新しいビジネス要件への対応が可能になるということです。また、コスト削減は単にライセンス費用を削減するだけでなく、運用負荷軽減や開発速度向上といった定性的な成果も含まれるべきであり、これらが長期的な組織の競争力強化に繋がるという示唆を得ました。
今後の展望としては、Redisで構築した基盤を他のシステムにも横展開し、リアルタイムデータ処理やストリーム処理など、さらに高度なユースケースへの活用を検討しています。また、Redis Enterpriseなどの商用ディストリビューションやクラウドマネージドサービスも選択肢に入れつつ、コストと運用のバランスを見ながら最適な構成を模索していく予定です。
OSSの戦略的な活用は、技術部門がビジネス目標達成に貢献するための強力な手段となり得ます。本事例が、読者の皆様のOSS導入における意思決定や戦略策定の一助となれば幸いです。