既存システム連携を非同期化:RabbitMQ活用で達成した運用負荷軽減とコスト最適化
はじめに
企業のデジタルトランスフォーメーションが進むにつれて、システム数は増加し、それらの連携は複雑化の一途をたどります。特に、長年運用されてきた既存システム群との連携においては、同期的な処理がボトルネックとなり、システム全体のパフォーマンス低下や運用負荷増大を招くケースが少なくありません。本稿では、このような課題に対し、オープンソースのメッセージキューであるRabbitMQを導入し、システム間連携を非同期化することで、運用負荷の軽減とリソースコストの最適化を実現した事例をご紹介いたします。
導入前の状況:同期連携による課題
当該組織では、複数の基幹システムや新規サービスが稼働しており、データ連携や処理のトリガーは主に同期的なAPI呼び出しや直接的なデータベースアクセスによって行われていました。
このアーキテクチャには、以下のような課題が存在していました。
- ボトルネックの発生: 特定のシステムへのリクエスト集中や、処理に時間のかかるバッチ処理などがボトルネックとなり、後続の処理全体がブロックされる。
- 障害伝播のリスク: あるシステムでの障害が、同期的に連携している他のシステムに連鎖的に影響を及ぼし、システム全体が停止するリスク。
- リソースの無駄: ピーク時の負荷に合わせてシステムリソースを確保する必要があり、オフピーク時には多くのリソースが遊休状態となる。特定の処理のために全体のシステムをスケールアップせざるを得ない状況。
- バッチ処理時間の長期化: 夜間バッチ処理がシステム間の複雑な依存関係により長時間化し、翌日の業務開始までに処理が完了しないリスクや、日中の運用ウィンドウを圧迫する。
- 開発・保守の非効率性: システム間の密結合により、あるシステムの変更が他のシステムに影響を与えやすく、テストやデプロイに時間とコストがかかる。
これらの課題は、運用担当者の負担増大、サービスレベルの低下、そして不要なインフラコストの増加という形で現れていました。商用メッセージキュー製品の導入も検討されましたが、ライセンスコストが膨大になることから、代替手段が模索されていました。
導入の意思決定とRabbitMQの選定
既存の課題を解決し、将来的なシステム拡張にも柔軟に対応できるアーキテクチャへの転換が急務と判断されました。技術部門責任者層は、システム間の依存関係を排し、疎結合化を実現する手段として、非同期メッセージング基盤の導入を戦略的に検討しました。
OSSのメッセージキュー/イベントブローカーの中から、以下の点を考慮してRabbitMQが選定されました。
- 成熟度と安定性: RabbitMQは長年の実績があり、エンタープライズ環境での運用に耐えうる安定性を持つと評価されました。
- 柔軟なルーティング: ExchangeとQueueの組み合わせにより、メッセージの配布ロジックを柔軟に設定できる点が、既存システムの多様な連携要件に適していると判断されました。
- プロトコルサポート: AMQPだけでなく、STOMPやMQTTなど複数のプロトコルに対応しており、様々な言語やフレームワークで開発された既存システムとの連携が容易である点。
- コミュニティとドキュメント: 活発なコミュニティと充実したドキュメントが存在し、運用上の課題発生時にも情報が得やすいと考えられました。
Kafkaも有力な候補として比較検討されましたが、この時点での主要な課題がシステム間のメッセージングによるタスクキューやシンプルなPub/Subによる疎結合化であったため、より汎用的なメッセージキューとしての機能が充実しているRabbitMQが優先されました。大規模なストリーム処理や永続的なイベントログとしての活用が主目的となるフェーズでは、Kafkaの検討を改めて行う方針としました。
導入における懸念点としては、RabbitMQの運用ノウハウの蓄積不足や、高可用性構成の実現が挙げられました。これに対し、先行的な検証環境でのプロトタイプ開発、主要メンバーへの集中的なトレーニング、そしてクラスタリング構成に関する詳細な技術調査といった対策が講じられました。
具体的な導入・活用:非同期化への移行
RabbitMQの導入は、既存システムへの影響を最小限に抑えるため、段階的に進められました。まずは、最もボトルネックとなっていた特定のバッチ処理におけるシステム間連携部分から、非同期メッセージングへの移行を開始しました。
具体的なアーキテクチャとしては、メッセージを送信するシステムを「Publisher」、メッセージを受信・処理するシステムを「Consumer」とし、その間にRabbitMQを配置しました。Publisherは処理が必要なデータをメッセージとしてRabbitMQに送信し、すぐに自身の処理を継続します。RabbitMQは設定されたExchangeとQueueに基づいてメッセージをルーティングします。Consumerは自身の準備ができたタイミングでQueueからメッセージを取得し、非同期に処理を実行します。
これにより、PublisherはConsumerの状態や処理時間に依存することなく、次々と処理を進めることができるようになりました。特に夜間バッチ処理においては、従来の逐次処理から、メッセージキューを活用した並列処理へと変更することで、処理能力を大幅に向上させることが可能となりました。
また、障害発生時の影響範囲を局所化するため、重要なメッセージについては永続化オプションを有効にし、Consumer側でメッセージのべき等処理(同じメッセージを複数回受け取っても問題なく処理できるロジック)を実装しました。エラーが発生したメッセージはDead Letter Queueに転送し、運用担当者が後から原因調査や再処理を行える仕組みも構築しました。
導入によって得られた成果
RabbitMQによる非同期メッセージング基盤の導入は、計画通り、あるいはそれ以上の効果をもたらしました。
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コスト削減:
- インフラコスト: ピーク時の負荷分散が実現されたことで、特定の処理のために高価な大規模サーバーを用意する必要がなくなりました。全体としてサーバー台数を約20%削減することができ、これにより年間数百万円規模のクラウド費用削減を達成しました。また、商用MOM製品のライセンス費用が発生しないことも、長期的なコスト削減に大きく貢献しています。
- 開発・運用コスト: システム間の疎結合化により、各システムの独立性が高まり、開発やテストの効率が向上しました。特定の機能改修や連携方法の変更が他のシステムに与える影響が減り、手戻りや調整コストが削減されました。
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効率化:
- 運用効率: バッチ処理時間は従来の約半分に短縮され、運用ウィンドウの圧迫が解消されました。システム全体の応答性能が安定し、特定の時間帯に発生していた性能劣化に関するアラートや対応工数が大幅に削減されました。障害発生時も影響範囲が限定されるため、原因特定と復旧が迅速化しました。メッセージキューの状態監視に集約することで、運用監視の負担も軽減されました。
- 開発効率: 非同期処理を取り入れたことで、新規機能開発においてシステム連携が必要な場合の設計・実装がシンプルになりました。システムチーム間の連携も、API仕様の確定を待つ必要が減り、並行開発が進めやすくなりました。
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定性的な成果:
- ビジネスへの対応力: 新規サービスや既存システムの機能拡張が、既存の密結合に縛られることなく、より迅速かつ柔軟に行えるようになりました。ビジネス部門からの要望に、技術的な制約から「できない」「時間がかかる」と回答するケースが減少しました。
- 組織能力の向上: 非同期処理や分散システムに関する技術的な知見が組織全体に蓄積され、エンジニアのスキルアップに繋がりました。OSSを主体的に活用し、自社の課題に合わせてカスタマイズ・運用していく文化が醸成されました。
直面した課題と克服
導入・運用を通じて、いくつかの課題にも直面しました。
- 非同期処理特有の課題への対応: メッセージの順序保証が困難なケースや、Consumerの処理失敗時のリトライ、重複メッセージの取り扱いなど、非同期処理特有の考慮事項が多く発生しました。これに対しては、必須の順序処理にはConsumerを単一にする、メッセージにユニークIDを付与して冪等処理を実装する、Dead Letter Queueや遅延キューを活用するといった設計パターンを適用することで対処しました。
- 運用・監視体制の構築: RabbitMQクラスタの安定稼働には、ノード監視、キューの滞留監視、リソース監視(CPU, メモリ, ディスク, ネットワーク)などが不可欠です。既存の監視ツール(Prometheus, Grafanaなど)との連携方法を確立し、適切な閾値設定やアラート設計を行うのに試行錯誤が必要でした。コミュニティの知見や公式ドキュメントを参考に、徐々に監視レベルを引き上げていきました。
- 社内スキルの平準化: 非同期メッセージングの概念は、従来の同期処理中心の開発者にとっては学習コストを伴いました。定期的な社内勉強会を開催し、RabbitMQの基本概念、非同期処理設計パターン、運用上の注意点などを共有することで、組織全体のスキルレベル向上を図りました。
まとめと今後の展望
本事例は、OSSであるRabbitMQを活用し、既存システムの同期連携を非同期化することで、運用負荷の軽減とリソースコストの最適化という具体的な成果を達成したものです。単に特定の技術を導入するだけでなく、システムアーキテクチャ全体を見直し、ビジネスの変化に柔軟に対応できる基盤を構築する一歩となりました。
OSSのメッセージング基盤は、商用製品に比べてライセンスコストを抑えつつ、高い機能性と柔軟性を提供します。特に、既存システムが多く存在するエンタープライズ環境において、段階的なアーキテクチャ刷新を進める上での強力なツールとなり得ます。
今後は、RabbitMQで培った非同期処理のノウハウを活かし、マイクロサービス間のイベント駆動型連携への適用拡大や、より大規模なデータストリーム処理が必要となる場面でのKafkaなど他のOSSメッセージングプラットフォームの導入も視野に入れ、更なるシステム全体の効率化とコスト削減を目指していく方針です。この事例が、同様の課題を抱える他の組織におけるOSS導入の意思決定の一助となれば幸いです。