PostgreSQL高可用性をOSSで内製化:Patroni導入によるコスト削減と運用効率化への道
OSS(オープンソースソフトウェア)を活用した効率化・コスト削減は、多くの組織にとって重要な戦略課題となっています。特に、システムの中核を担うデータベースの高可用性維持は、ビジネス継続性の観点から必須ですが、商用ソリューションは高コストになりがちです。本記事では、PostgreSQLの高可用性クラスタ管理にOSSツールであるPatroniを導入することで、運用効率化とコスト削減を実現した事例をご紹介します。
導入前の状況:高まるデータベース高可用性への要求と運用課題
本事例の組織では、サービス規模の拡大に伴い、基幹システムで利用しているPostgreSQLデータベースの重要性が増していました。しかし、従来の運用体制では、物理レプリケーションによるスタンバイ構成を組んでいましたが、プライマリノード障害時のフェイルオーバーは手動、あるいは簡易なスクリプトに依存しており、以下の課題を抱えていました。
- 高可用性維持の限界: 手動でのフェイルオーバーは、対応に時間を要し、ダウンタイムが長くなるリスクがありました。また、ヒューマンエラーによる誤操作のリスクも無視できませんでした。
- 運用負荷の増大: レプリケーション状態の監視、フェイルオーバー時の昇格処理、新プライマリへのアプリケーション接続先の切り替え、旧プライマリの復旧・再参加など、一連の作業が手作業中心であり、運用チームの負荷が継続的に増大していました。
- スケーラビリティの課題: 参照負荷分散のためにレプリカを追加する際も、手作業での設定や管理が必要で、迅速なスケールアウトが困難でした。
- 将来的なコスト懸念: 商用データベースの高可用性ソリューションは、導入・運用コストが高額であり、PostgreSQLにおいても、より堅牢な高可用性を実現するために商用オプションやサポートを利用する場合のコストが将来的に増加する懸念がありました。
これらの課題は、サービスの信頼性低下、運用コストの増加、そしてビジネス変化への対応速度の低下を招く可能性があり、抜本的な改善が求められていました。
導入の意思決定とPatroniの選定
組織の技術部門責任者層は、これらの課題解決のため、高可用性ソリューションの導入を検討しました。いくつかの選択肢がある中で、OSSを活用した内製化が有力な選択肢となりました。その背景には、OSSに対する組織全体の技術的なリテラシー向上と、コスト効率への強い意識がありました。
OSSによる高可用性実現の候補として、Pgpool-II、repmgr、そしてPatroniが比較検討されました。最終的にPatroniが選定された主な理由は以下の通りです。
- 自動化と堅牢性: 分散協調サービス(DCS、例: etcd, ZooKeeper, Consul)と連携することで、プライマリ選出、フェイルオーバー、スイッチオーバー、レプリカの自動修復などを高いレベルで自動化できる点。これにより、運用負荷を大幅に軽減し、手動作業によるリスクを排除できると判断しました。
- PostgreSQLに特化: PostgreSQLに最適化されており、ストリーミングレプリケーション、同期レプリケーション、PITR(Point-In-Time Recovery)など、PostgreSQLの機能を最大限に活用できる設計になっている点。
- クラウドネイティブとの親和性: コンテナ環境やKubernetesとの連携が容易であり、将来的なインフラの方向性とも合致していた点。
- 活発なコミュニティ: 開発が活発で、ドキュメントも充実しており、問題発生時にも情報を得やすい環境がある点。
導入における懸念点としては、Patroni自体の学習コスト、連携するDCSの運用、そしてOSSゆえのエンタープライズサポート体制の構築が挙げられました。これらの懸念に対しては、まず小規模な検証環境での徹底した動作確認とメンバーへの教育を実施し、重要な本番環境への導入は段階的に行う計画を立てました。また、コミュニティの活用に加え、必要に応じて外部の専門家への相談も視野に入れることとしました。
具体的な導入・活用フェーズ
Patroni導入プロジェクトは、以下のステップで進められました。
- 検証環境構築とPoC: 小規模なクラスタを構築し、基本的なレプリケーション、手動・自動フェイルオーバー、スイッチオーバー、レプリカ追加、バックアップ/リストアなどのシナリオを詳細に検証しました。PatroniとDCS(この事例ではetcdを選択)の連携、監視設定についてもこの段階でノウハウを蓄積しました。
- 監視体制の強化: Patroniが提供するヘルスチェックAPIや、連携するDCSの状態を監視するため、既存の監視ツール(Prometheus, Grafanaなど)との連携を設定しました。これにより、クラスタの状態変化や異常を迅速に検知できる体制を構築しました。
- 段階的な本番導入: まず、比較的重要度の低いシステムからPatroniによる高可用性クラスタ構成への移行を開始しました。既存データの移行方法や、アプリケーションからの接続方法の変更(仮想IPやサービスディスカバリの活用)を確立しました。
- 基幹システムへの展開: 小規模システムでの成功とノウハウを基に、基幹システムへの展開を進めました。サービスの停止時間を最小限にするための移行計画を慎重に策定・実行しました。
- 運用トレーニング: 運用チームに対し、Patroniの概念、コマンド、監視方法、障害発生時の対応フローなどのトレーニングを実施しました。
導入後は、Patroniがデータベースクラスタの状態を常に監視し、プライマリの障害を検知するとDCSを通じて自動的に新しいプライマリを選出し、レプリカを新しいプライマリに追従させる一連の処理を自動で行うようになりました。これにより、人手を介することなく、迅速かつ確実にフェイルオーバーが実行される運用を実現しました。
導入によって得られた成果
Patroniの導入は、計画通りに以下の具体的な成果をもたらしました。
- コスト削減:
- 商用高可用性ソリューションのライセンス費用が不要になりました。これにより、年間数百万円規模のライセンスコストを直接的に削減できました。
- 運用チームのフェイルオーバーやレプリケーション管理にかかる手作業工数が大幅に削減されました。これは人件費換算で年間数百人月相当の運用負荷軽減となり、他の戦略的な業務にリソースを振り分けることが可能になりました。
- 自動フェイルオーバーによるダウンタイムの劇的な短縮は、サービス停止によるビジネス機会損失リスクを低減し、定性的に大きなコスト削減効果をもたらしました。
- 運用効率化:
- フェイルオーバーやスイッチオーバーが完全に自動化され、夜間・休日における緊急対応の必要性が激減しました。
- レプリカの追加や削除がPatroniの管理下で容易になり、スケーリング作業にかかる時間が従来の数分の一になりました。
- バックアップ取得(pg_basebackup連携)やPITRのための設定・管理も効率化されました。
- 運用担当者は、障害発生時の対応から、プロアクティブな監視・改善業務に注力できるようになりました。
- 信頼性向上:
- 自動フェイルオーバーによるRTO(目標復旧時間)は、手動対応時の数十分から数分以内に短縮されました。これにより、サービスのダウンタイムが最小限に抑えられ、顧客への影響を大幅に軽減できました。
- 計画的なメンテナンス時のスイッチオーバーもスムーズかつ確実に実行できるようになりました。
これらの成果は、技術部門だけでなく、ビジネス部門からも高く評価されています。
直面した課題と克服
順調に進んだ導入プロジェクトでしたが、いくつかの課題にも直面しました。
- 学習コスト: Patroniと連携するDCS(etcd)の仕組みを理解し、適切に設定・運用できるようになるまでには、一定の学習時間が必要でした。特に、クラスタの状態遷移やコンセンサスアルゴリズムの理解が重要でした。
- 克服: 小規模な環境での徹底的な検証と、社内での勉強会開催、公式ドキュメントやコミュニティ情報を活用した情報共有を推進しました。
- 監視・アラート設計: クラスタ全体の状態を把握し、適切なタイミングでアラートを上げるための監視項目や閾値の設定に試行錯誤が必要でした。
- 克服: Patroniやetcdが公開するメトリクスを収集し、Grafanaで可視化することで状態監視を強化しました。様々な障害シナリオを想定したアラート設定をチューニングしました。
- バージョンアップ戦略: OSSであるPatroniおよびPostgreSQL自体のバージョンアップを、サービス影響なく実施するための計画策定と検証が必要でした。
- 克服: 検証環境で事前にバージョンアップ手順を確認し、ローリングアップデートが可能な構成を採用するなど、計画的な運用を心がけました。
まとめと今後の展望
本事例は、PostgreSQLの高可用性というエンタープライズレベルの要件に対しても、PatroniのようなOSSツールを活用することで、商用ソリューションに匹敵、あるいはそれ以上の運用効率とコストメリットを実現できることを示しています。
OSSによる内製化は、単なるコスト削減に留まらず、技術部門がシステムの内部挙動をより深く理解し、自組織のニーズに合わせて柔軟にカスタマイズ・改善できる能力を高めることにも繋がります。これにより、技術的なケイパビリティが向上し、ビジネス変化への対応力を強化することができます。
今回の成功事例を基に、今後は他のデータベースへのPatroniのようなOSS高可用性ツールの適用検討、またはKubernetes環境でのPatroniオペレーター活用によるさらなる運用自動化など、OSSを活用したデータベース基盤の最適化を継続していく計画です。
OSSの導入は、技術的な判断だけでなく、組織のスキルセット、運用体制、そしてリスク許容度など、多角的な視点からの検討が必要です。本事例が、読者の皆様のOSS導入戦略策定の一助となれば幸いです。