オンプレミス/マルチクラウド対応 MinIOオブジェクトストレージ基盤によるコスト削減と運用最適化事例
導入部:増大するデータコストと管理の複雑化への挑戦
今日のデジタルビジネスにおいて、データの蓄積と活用は不可欠です。アプリケーションログ、ユーザー生成コンテンツ、バックアップデータ、分析用データレイクなど、様々な種類のデータが日々大量に生成されています。これらのデータは、主にクラウドベンダーが提供するオブジェクトストレージサービスに保存されることが一般的です。
しかし、データ量の指数関数的な増加に伴い、クラウドストレージのコストは無視できないレベルに達することが少なくありません。また、特定のクラウドベンダーに深く依存することによるベンダーロックインのリスク、複数のクラウドやオンプレミス環境にデータが分散することによる管理の複雑化といった課題も顕在化しています。
このような状況に対し、私たちはオープンソースソフトウェア(OSS)を活用することで、データストレージに関するコストを削減し、運用を効率化することを検討しました。その結果、S3互換のオブジェクトストレージソフトウェアである MinIO を中心とした基盤構築に着手し、一定の成果を上げています。本稿では、その事例についてご説明します。
導入前の状況:分散するデータと肥大化するコスト
私たちの組織では、事業拡大に伴い複数のシステムが稼働しており、それぞれが異なるストレージを利用していました。主にパブリッククラウドが提供するオブジェクトストレージを利用していましたが、一部のレガシーシステムはオンプレミスのファイルサーバーやNASにデータを保存していました。
この環境における主な課題は以下の点でした。
- コストの増加: クラウドストレージの使用量が増えるにつれて、比例してコストが増大していました。特にアクセス頻度の低い過去のデータや、複数の環境で冗長化されているデータもコスト要因となっていました。
- 管理の複雑化: データが複数のクラウド環境やオンプレミスに分散しており、データライフサイクル管理、バックアップ、セキュリティポリシーの適用、監査などが個別に行われており、運用負荷が高い状況でした。
- ベンダーロックインのリスク: 特定クラウドのオブジェクトストレージAPIに依存したアプリケーションが増加しており、将来的なデータ移行やマルチクラウド戦略の障害となる可能性がありました。
- オンプレミスデータの活用制約: オンプレミスにある大容量データは、クラウド側の分析基盤などから直接アクセスするのが困難で、データ活用の足かせとなっていました。
これらの課題に対し、技術部門としてデータストレージ戦略の見直しが急務であると判断しました。
導入の意思決定と選定:S3互換と運用性を重視
新たなデータストレージ基盤の検討にあたり、以下の要件を重視しました。
- コスト削減: 現在のクラウドストレージ利用料を大幅に削減できること。
- 運用効率化: データ管理を一元化または効率化できること。
- 柔軟性: ベンダーロックインを回避し、将来的にオンプレミス、複数のクラウド環境で柔軟に配置・利用できること。
- 互換性: 既存アプリケーションの修正を最小限に抑えるため、広く普及しているAPIと互換性があること。
- スケーラビリティと信頼性: 増大するデータ量に対応でき、高い耐久性と可用性を持つこと。
これらの要件を満たす候補として、いくつかのOSSストレージソリューションや、商用製品を比較検討しました。CephやGlusterFSといった分散ファイルシステム/オブジェクトストレージも選択肢に上がりましたが、最終的にMinIOを選定した理由は以下の通りです。
- S3互換性の高さ: AWS S3のAPIと高い互換性を持つ点が最大の決め手でした。これにより、既存のS3 SDKやツールをそのまま利用でき、アプリケーション側の改修コストを最小限に抑えられると判断しました。
- 軽量性と導入の容易さ: MinIOは単一のバイナリで動作するため、導入・運用が比較的容易です。特にコンテナ環境(Kubernetesなど)との親和性が高く、アジリティの高いデプロイメントが可能です。
- パフォーマンス: オブジェクトストレージに特化しているため、静的コンテンツ配信やデータレイクのストレージとしての高いパフォーマンスが期待できました。
- OSSライセンスとコスト: Apache License 2.0という採用しやすいライセンスであり、ソフトウェアライセンスコストがゼロである点は、コスト削減目標において非常に重要でした。
- 活発なコミュニティ: 開発が活発であり、コミュニティからのサポートや情報が得やすい環境でした。
懸念点としては、大規模環境での実績や、エンタープライズレベルでのサポート体制が挙げられました。これについては、まずは小規模でのPoCを実施し、その後段階的に利用範囲を広げること、必要に応じてMinIO, Inc.が提供する商用サポートオプションも検討する方針としました。
具体的な導入・活用:Kubernetes上での基盤構築とデータ移行
MinIOの導入は、私たちが既に推進していたコンテナ化戦略と連携させ、Kubernetesクラスター上にデプロイする形で行いました。MinIOはKubernetes Operatorを提供しており、これによりスケーリング、ローリングアップデート、ストレージプールの管理などが容易に行えます。
具体的なアーキテクチャとしては、KubernetesのStatefulSetとしてMinIO Pod群をデプロイし、永続ボリュームとして基盤となるサーバーのローカルストレージや外部の共有ストレージ(高性能な分散ファイルシステムなど)を利用しました。これにより、Kubernetesの高い可用性に乗っかりつつ、オブジェクトストレージとしてのMinIOを運用できます。
既存のクラウドストレージからのデータ移行は、S3互換性を活かして mc
コマンドラインツールや、rcloneのようなOSSツールを利用してバケット単位で進めました。これにより、比較的スムーズに移行プロセスを実行することができました。
アプリケーション側は、S3エンドポイントURLをMinIOのものに変更し、認証情報を設定するだけで多くの場合は対応可能でした。一部、S3の特定の高度な機能(例: Cross-Region Replicationなど)に依存している箇所については、代替手段を検討するか、機能修正を行う必要がありました。
導入によって得られた成果:明確なコスト削減と運用効率化
MinIOを基盤としたオブジェクトストレージの導入により、以下の明確な成果を得ることができました。
- コスト削減: 最も大きな成果はストレージコストの削減です。具体的な数字としては、年間で約40%のクラウドストレージ関連コストを削減できる見込みです。これは、主にクラウドストレージの従量課金と比較して、MinIOは基盤インフラへの投資や運用コストが主体となるためです。特にデータ転送量が多い場合や、アクセス頻度が低い大容量データの保管において、MinIOのコストメリットは顕著でした。
- 運用効率化: データ管理基盤を統合できたことで、運用が効率化されました。データの場所を意識することなくS3 APIでアクセスできるため、開発者はストレージの場所を気にせずアプリケーションを開発できます。また、集中管理コンソールによる監視や、共通のツールセットによる運用が可能となり、運用チームの負担が軽減されました。
- データ活用の促進: オンプレミスやプライベートクラウド環境に配置したMinIOインスタンスにデータを集約することで、これらのデータにクラウド上の分析基盤やAI/MLワークロードからS3 API経由で直接アクセスできるようになりました。これにより、データ転送の必要性が減り、データ分析や活用のリードタイムが短縮されました。
- 柔軟性の向上とベンダーロックイン回避: S3互換インターフェースを採用したことで、将来的にデータを他のクラウド環境やストレージサービスに移行する際の障壁が大幅に低減されました。特定のベンダーに縛られず、最適な環境を選択できる柔軟性が確保されました。
- 開発スピードの向上: 開発・テスト環境においても、MinIOをローカルや開発用クラスターに容易にデプロイできるため、クラウドストレージへの依存なく開発が進められるようになりました。これにより、開発・テストのサイクルを高速化できました。
直面した課題と克服:信頼性の担保と運用ノウハウの蓄積
MinIOの導入・運用において、いくつかの課題にも直面しました。
- 耐久性・可用性の検証: 大規模な本番環境で求められる高い耐久性や可用性をOSSで実現するためには、MinIOの Erasure Coding 設定の最適化や、基盤となるハードウェア/ストレージ構成の設計が重要でした。事前の詳細なサイジングと、障害シミュレーションを含む綿密な検証作業を行うことで、設計上の懸念を払拭しました。
- 監視・アラート: 商用クラウドストレージのようなマネージドサービスとは異なり、自分たちで監視システムを構築する必要がありました。PrometheusとGrafanaを連携させ、MinIOが出力するメトリクスを収集・可視化し、異常発生時にはアラートを発報する仕組みを構築しました。
- バックアップとリカバリ: MinIO自体の機能に加え、外部への確実なバックアップ戦略を策定し、定期的なリカバリテストを実施することが信頼性担保のために不可欠でした。
- 運用ノウハウの蓄積: 商用製品と比較すると、日本語の情報やナレッジが少ない場合があります。公式ドキュメント、コミュニティフォーラム、GitHub Issuesなどを積極的に活用し、自分たちで運用ノウハウを蓄積していく努力が必要でした。
これらの課題に対しては、PoC段階での徹底した評価、段階的な導入、そして運用チームと開発チームが密に連携し、継続的に改善を進めることで克服してきました。
まとめと今後の展望:OSSオブジェクトストレージが拓くデータ戦略の可能性
MinIOを活用したS3互換オブジェクトストレージ基盤の構築は、増大するデータコストへの有効な対策となり、データ管理と運用の効率化に大きく貢献しました。S3互換性を核としたOSS活用は、特定のベンダーに縛られない柔軟なデータ戦略を可能にし、将来的なITインフラの最適化に向けた重要な一歩となります。
本事例から得られる示唆としては、データストレージのようなIT基盤コストが無視できなくなった現代において、既存の選択肢だけでなく、OSSを活用した自律的な基盤構築が有力な選択肢になりうるという点です。特に、デファクトスタンダードとなっているAPI(この場合はS3 API)を実装したOSSは、既存資産を活かしつつ新しい基盤へ移行できる可能性を秘めています。
今後は、MinIO基盤をさらにスケールさせ、より多くの社内データの集約先として活用する予定です。また、アーカイブストレージとしての利用や、AI/MLワークロードのための高性能データレイクとしての活用も視野に入れています。
技術部門責任者としては、単にテクノロジーを選択するだけでなく、それがビジネス全体のコスト構造や運用効率、そして将来の戦略にどのように貢献するかを見極める必要があります。OSSは、適切に評価・導入・運用されれば、これらの目標達成に向けた強力なツールとなり得ると、今回の事例を通して改めて確信いたしました。