Kubernetesを活用したオンプレミス環境の運用効率化とコスト削減事例
はじめに
多くの組織において、既存のオンプレミス環境の維持・管理は大きな課題となっています。特に、レガシーシステムの運用、非効率なリソース利用、そして増大する運用コストは、技術部門責任者層が直面する喫緊の課題です。このような状況に対し、クラウドネイティブ技術の中核であるOSS、特にKubernetesをオンプレミス環境に導入することで、劇的な効率化とコスト削減を実現した事例をご紹介します。この事例は、単なる技術導入にとどまらず、組織全体の運用体制や開発プロセスにも変革をもたらした点が特徴です。
導入前の状況:オンプレミス環境の限界
本事例の対象となった企業は、長年にわたり基幹システムを含む多くのアプリケーションをオンプレミスの仮想化基盤上で運用していました。システム数の増加に伴い、以下のような課題が顕在化していました。
- リソース利用率の低さ: 各アプリケーションが必要とするリソース(CPU、メモリ、ストレージ)を見積もり、仮想マシンを個別に割り当てる方式では、ピーク時以外のリソースが遊休化し、ハードウェアリソース全体のリソース利用率が常に低い状態でした。
- 運用負荷の増大: アプリケーションのデプロイ、パッチ適用、スケーリング、監視、ログ収集といった運用作業が手作業や個別スクリプトに依存しており、システム数に比例して運用チームの負荷が増大していました。特に、週末や夜間の緊急対応が常態化していました。
- 開発プロセスの非効率: 開発チームはインフラ環境の準備に時間を要し、デプロイ頻度も低く、ビジネス要求への迅速な対応が困難でした。
- コスト構造の硬直化: ハードウェア購入・保守費用に加え、仮想化ソフトウェアやミドルウェアのライセンス費用が固定費として重くのしかかり、柔軟なコスト最適化が難しい状況でした。
これらの課題は、技術部門全体として、より迅速で効率的なシステム提供能力と、コスト最適化の両立が求められる状況を生み出していました。
導入の意思決定とKubernetesの選定
このような背景の中、技術部門責任者層は抜本的な改革の必要性を認識し、新しい技術基盤の検討を開始しました。クラウドへの完全移行も選択肢として検討されましたが、特定の規制要件や既存のデータセンター資産の活用、および移行コストの観点から、まずはオンプレミス環境の最適化を目指すことになりました。
複数の技術オプションが比較検討された結果、コンテナ技術とそのオーケストレーションツールであるKubernetesが最適と判断されました。その主な理由は以下の通りです。
- リソース利用効率の向上: コンテナ化により、アプリケーションを標準化された単位で管理可能になり、Kubernetesによる集約的なリソース管理と自動配置によって、ハードウェアリソースの利用率を大幅に向上できると予測されました。
- 運用自動化のポテンシャル: デプロイ、スケーリング、ヒーリング、ローリングアップデートといった運用タスクの自動化が、Kubernetesの機能として提供されている点に魅力を感じました。
- 技術的な将来性: クラウドネイティブのデファクトスタンダードであり、活発なコミュニティとエコシステムを持つKubernetesを採用することで、将来的な技術拡張やハイブリッドクラウドへの展開も見据えることが可能でした。
- OSSによるコストメリット: ライセンス費用がかからないOSSであるため、初期投資や運用中のランニングコストにおいて、商用製品と比較して大きな優位性がありました。
意思決定プロセスにおいては、まず少数のアプリケーションを対象としたPoC(概念実証)を実施し、技術的な実現可能性と想定される効果を検証しました。同時に、社内の技術者へのKubernetesトレーニングを開始し、必要なスキルセットの構築に着手しました。経営層に対しては、PoCの結果を基に、具体的なコスト削減効果(ハードウェア投資抑制、運用コスト削減)と、開発スピード向上によるビジネス貢献の可能性を数値で示し、理解と承認を得ました。
具体的な導入・活用プロセス
Kubernetesの導入は、既存システムへの影響を最小限にするため、段階的に進められました。
- 基盤構築: 既存の物理サーバー上に、Kubernetesクラスタを構築しました。高可用性を確保するため、複数のマスターノードとワーカーノードを分散配置しました。ストレージにはOSSの分散ストレージシステム(例:Ceph)を連携させ、永続データの管理に対応しました。
- アプリケーションのコンテナ化: 既存アプリケーションをDockerコンテナイメージとしてビルドする作業を進めました。ステートフルなアプリケーションについては、データ移行や設計変更が必要となる場合もありましたが、多くのWebアプリケーションやマイクロサービスは比較的容易にコンテナ化できました。
- デプロイとサービス公開: 作成したコンテナイメージをKubernetes上にデプロイするためのDeploymentやStatefulSetのマニフェストを作成しました。ServiceやIngressコントローラー(例:Nginx Ingress Controller)を活用し、外部からのアクセスを制御しました。
- 運用ツールの連携: 監視にはPrometheusとGrafanaを、ログ収集・分析にはFluentdとElasticsearch, Kibana (EFKスタック) を導入し、Kubernetesクラスタおよびコンテナ化されたアプリケーションの可視化・監視体制を構築しました。CI/CDパイプラインにはJenkinsやGitLab CIなどを活用し、開発からデプロイまでを自動化しました。これらも多くはOSSで構成されました。
このプロセスにおいて、技術的な課題(ネットワークポリシーの設定、ストレージの特性理解、セキュリティ hardeningなど)に直面しましたが、Kubernetesコミュニティや関連OSSのドキュメント、外部の専門家からのサポートなどを活用しながら解決を進めました。
導入によって得られた成果
Kubernetes導入による成果は、多岐にわたりました。
- コスト削減:
- ハードウェアコスト: アプリケーションのリソース要求をより効率的に集約できた結果、年間約30%のサーバー台数増加を抑制できました。これにより、新たなハードウェア投資やデータセンター費用において数千万円規模の削減効果が見込まれています。
- 運用コスト: 運用作業の自動化が進んだことにより、単純作業に費やしていた運用チームの工数が約40%削減されました。削減された工数は、より戦略的なタスク(システム改善、開発チーム支援など)に再配分され、組織全体の生産性向上に寄与しています。直接的な人員削減には繋がりませんでしたが、増員抑制や既存人員の高度化という形でコスト効率が向上しました。
- ライセンスコスト: 仮想化ソフトウェアや一部のミドルウェアの商用ライセンスへの依存を低減できたことで、年間数百万円のライセンス費用削減を実現しました。
- 効率向上:
- 開発効率: CI/CDパイプラインとKubernetesによるデプロイ自動化により、アプリケーションのリリースサイクルが大幅に短縮され、デプロイ頻度は以前の約5倍に増加しました。開発チームはインフラを意識することなく開発に集中できるようになりました。
- 運用効率: 障害発生時の自動復旧(自己修復機能)や、運用ツールによるリアルタイムな監視・ログ分析により、平均復旧時間 (MTTR) が約60%短縮されました。スケーリングも容易になったため、トラフィック増加への対応も迅速に行えるようになりました。
- 技術力向上と組織文化の変化: 新しい技術基盤への取り組みを通じて、社内エンジニアのスキルセットが向上し、技術的な挑戦への意欲が高まりました。また、開発チームと運用チームが共通の目標(コンテナ化、自動化)に向かう過程で連携が密になり、DevOps的な文化が醸成され始めています。
直面した課題と克服
導入プロセスは順調に進んだわけではありません。いくつかの課題に直面し、それを乗り越える必要がありました。
- 技術的な学習コスト: Kubernetesや関連OSSは多機能であるため、その全体像を理解し、適切に運用できるようになるまでには時間がかかりました。これに対しては、外部トレーニングの受講、社内での勉強会やワークショップの開催、ドキュメント整備、ペアプログラミングならぬペアオペレーションといった形で、組織全体のスキルアップを図りました。
- 既存システムとの連携: 特にステートフルなシステムや、外部のレガシーシステムとの連携においては、コンテナ化やネットワーク設計に工夫が必要でした。既存システムの特性を深く理解した上で、段階的な移行計画を立て、慎重に進めることが重要でした。
- セキュリティ: コンテナ環境特有のセキュリティリスク(イメージの脆弱性、ネットワークの分離など)への対応が必要でした。OSSの脆弱性スキャナー(例:Trivy)の導入や、Kubernetesのネットワークポリシー、RBAC(Role-Based Access Control)の厳格な設定、セキュリティパッチの継続的な適用といった対策を講じました。
- 組織間の壁: 開発部門と運用部門の連携が十分でない初期段階では、コンテナイメージの作成やデプロイプロセスの定義で認識のずれが生じました。定期的な合同ミーティングの設定、共通のKPI設定、担当範囲の明確化などにより、部門間の協力体制を強化しました。
これらの課題に対し、個々の技術的な解決策に加え、組織的なコミュニケーションの円滑化や、新しい働き方(DevOps)への意識改革を進めることが、成功の鍵となりました。
まとめと今後の展望
本事例は、Kubernetesという中心的なOSSを活用し、オンプレミス環境の非効率な運用体制と高コスト構造を改善した成功事例と言えます。特に、リソース利用率の向上、運用タスクの自動化によるコスト削減、そして開発・運用スピードの向上が、定量・定性両面で明確な成果として現れました。
この事例から得られる重要な示唆は、以下の通りです。
- 段階的な導入: 既存システムへの影響を考慮し、小さなPoCから始め、徐々に適用範囲を拡大することがリスクを低減します。
- 組織的な取り組み: OSS導入は技術部門だけの課題ではなく、開発チーム、運用チーム、さらにはビジネス部門を巻き込んだ組織的な取り組みが必要です。特に、新しい技術に対する学習意欲の喚起や、部門間の連携強化が不可欠です。
- OSSエコシステムの活用: Kubernetesだけでなく、監視、ログ、ストレージ、CI/CDといった周辺領域でも多くのOSSを活用することで、コストを抑えつつ強力な技術スタックを構築できます。
- 目的意識の明確化: 何のためにOSSを導入するのか(効率化、コスト削減、俊敏性向上など)という目的意識を明確にし、その達成度を測る指標(KPI)を設定することが、取り組みを成功に導く上で重要です。
今後は、Kubernetes基盤をさらに安定稼働させるとともに、機械学習ワークロードの実行基盤としての活用や、エッジコンピューティング領域への展開など、さらなる活用範囲の拡大が検討されています。
この事例が、オンプレミス環境の最適化や運用コスト削減、そしてOSS活用の可能性を模索されている他の組織の皆様にとって、参考となれば幸いです。