KubernetesとArgo CDによるGitOps導入事例:デプロイ自動化と運用コスト削減を実現
Kubernetes環境におけるデプロイと運用の課題
多くの組織でクラウドネイティブ化が進み、Kubernetesはアプリケーション実行基盤として広く採用されています。Kubernetesは高いスケーラビリティとレジリエンスを提供しますが、その一方で、デプロイメントや設定管理の複雑さが増大するという課題も抱えています。
従来のCI/CDパイプラインでは、CIツールがアプリケーションビルド後にKubernetesクラスタに対して直接デプロイコマンドを実行したり、マニフェストファイルを適用したりする手法が一般的でした(Push型アプローチ)。しかし、このアプローチでは以下のような問題が生じがちです。
- クラスタ状態との乖離: デプロイ後に手動で設定変更が行われると、Gitなどのバージョン管理システムにある定義と実際のクラスタの状態に乖離が生じ、運用が困難になります。
- デプロイの不安定化: CIツールの実行環境からクラスタへのネットワーク接続や認証・認可設定が複雑になり、デプロイが不安定になったり、エラーハンドリングが煩雑になったりします。
- 監査性の不足: いつ、誰が、どのような変更をデプロイしたのか追跡しにくい場合があります。
- ロールバックの困難さ: 問題発生時の迅速なロールバックが容易ではありません。
これらの課題は、特にマイクロサービスのように頻繁なデプロイが必要な環境において、運用チームの負荷を増大させ、結果として運用コストの上昇や開発速度の低下を招いていました。
GitOpsによるアプローチとArgo CDの選定
このような課題を解決するために注目されるのが、GitOpsという運用アプローチです。GitOpsでは、「Gitリポジトリをシステム構成の唯一の真実(Single Source of Truth)とする」という原則に基づき、すべてのインフラおよびアプリケーションの宣言的な構成をGitで管理します。そして、専用のツールがGitリポジトリの状態を監視し、実際のクラスタの状態をそれに一致させるように自動的に調整します。これはKubernetesのコントローラーパターンと非常に親和性が高い考え方です。
このGitOpsを実現するためのツールとして、私たちは複数の選択肢を検討しました。その結果、Kubernetesネイティブな設計思想を持ち、高機能かつ活発なコミュニティを持つオープンソースソフトウェアであるArgo CDを選定しました。
Argo CDはPull型のアプローチを採用しています。CIパイプラインはアプリケーションイメージをビルドし、新しいマニフェストをGitリポジトリにプッシュするまでを行います。その後、Argo CDがGitリポジトリの変更を検知し、Kubernetesクラスタに定義された状態を反映させます。この仕組みにより、CIツールが直接クラスタにアクセスする必要がなくなり、セキュリティリスクの低減にも繋がります。
Argo CDを選定した主な理由は以下の点です。
- Kubernetesネイティブ: Custom Resource Definitions (CRDs) としてアプリケーションを定義し、Kubernetes APIを通じて操作するため、Kubernetesの機能との連携がスムーズです。
- 宣言的な管理: アプリケーションの状態をKubernetesマニフェストとしてGitに記述するだけで、Argo CDが差分を検知して自動的に同期します。
- UIの視覚的な分かりやすさ: アプリケーションの状態やGitリポジトリとの同期状況、デプロイ履歴などがWeb UIで分かりやすく表示され、運用チームの負担を軽減します。
- 豊富な機能: 自動同期、ドリフト検出、ヘルスチェック、ロールバック、マルチクラスタ管理など、本番運用に必要な多くの機能を備えています。
- 活発なコミュニティと高い成熟度: CNCFのインキュベーティングプロジェクトであり、多くの企業での導入事例があり、信頼性が高いと判断しました。
意思決定においては、GitOpsという新しい概念の導入に対する組織内の理解促進や、既存CIツールとの連携方法、学習コストなどが懸念点として挙がりました。これに対しては、少数のパイロットプロジェクトから開始し、段階的に適用範囲を広げるアプローチを取り、導入チームによるArgo CDのワークショップ実施やドキュメント整備で対応を進めました。
Argo CDを活用した具体的な導入プロセス
実際の導入では、まずアプリケーションのKubernetesマニフェストを、アプリケーションコードとは別のGitリポジトリ(またはモノレポ内の専用ディレクトリ)に集約しました。そして、CIパイプラインの最後にこのマニフェストリポジトリに対して、新しいイメージタグを含むマニフェストをコミット&プッシュする処理を追加しました。
次に、Kubernetesクラスタ内にArgo CDをインストールし、マニフェストリポジトリを監視対象として登録しました。Argo CDは定期的にリポジトリの状態をポーリングするか、Webhookを利用して変更を検知します。変更が検出されると、Argo CDは現在のクラスタの状態とGitリポジトリの理想状態を比較し、差分があればKubernetes APIを通じてクラスタの状態を自動的に理想状態に同期させます。
具体的なワークフローは以下のようになりました。
- 開発者がアプリケーションコードを変更し、CIでビルド、コンテナイメージを生成し、コンテナレジストリにプッシュ。
- CIパイプラインの終盤で、新しいイメージタグを反映したKubernetesマニフェストを生成または更新し、アプリケーションマニフェスト用Gitリポジトリにコミット&プッシュ。
- Argo CDがマニフェストリポジトリの変更を検知。
- Argo CDがKubernetesクラスタの現在の状態とGitリポジトリの理想状態(新しいマニフェスト)を比較。
- 差分があれば、Argo CDがクラスタに対して必要なAPIコールを実行し、アプリケーションをデプロイまたは更新。
- Argo CDのUIでデプロイ状況やアプリケーションのヘルス状態を確認。
このプロセスにより、CIとCDの役割が明確に分離され、CIはビルドとテスト、CD(Argo CD)はデプロイと状態管理に責務を持つようになりました。
導入によって得られた成果とコスト削減
Argo CDとGitOpsワークフローの導入は、期待以上の成果をもたらしました。最も顕著な効果は、運用効率の劇的な向上とそれによるコスト削減です。
具体的な成果は以下の通りです。
- デプロイ頻度の増加とミスの削減: デプロイプロセスが自動化・標準化されたことで、以前は慎重に行わざるを得なかったデプロイをより頻繁に行えるようになりました。デプロイミスの発生率は導入前の約70%削減され、それに伴う手戻りやリカバリーのコストが大幅に削減されました。
- ロールバックの迅速化: Gitにすべての構成がバージョン管理されているため、問題発生時にはArgo CDのUIからワンクリック、あるいはGitのコマンドと連携して、以前の正常なコミット状態に迅速にロールバックできるようになりました。これにより、障害からの復旧時間が平均で約80%短縮され、サービスの可用性が向上しました。これはビジネス的な損失の軽減に直結します。
- 運用工数の削減: デプロイや設定変更の手動作業、およびそれに伴う確認作業やトラブルシューティングにかかる工数が大幅に削減されました。デプロイ関連の運用工数は約50%削減され、運用チームはより付加価値の高い作業やプロアクティブな改善活動に時間を振り向けられるようになりました。
- 監査性の向上: Gitのコミットログがすべての変更履歴となるため、「いつ、誰が、何を、なぜ」変更したのかが明確になり、監査対応が容易になりました。
- チーム間の連携改善: 開発チームと運用チームが共通のGitリポジトリを通じてシステム構成を管理するようになったことで、コミュニケーションが円滑になり、相互理解が深まりました。
これらの成果を総合的に見ると、特に運用チームの人件費換算でのコスト削減効果、およびデプロイ失敗や障害によるビジネス機会損失の削減効果は非常に大きいものとなりました。特定のアプリケーション群においては、年間数百万円規模の運用コスト削減に繋がったと試算しています。
直面した課題と克服
導入プロセスにおいて、いくつかの課題にも直面しました。
- GitOps思想への移行: 従来のPush型デプロイに慣れた開発者や運用者にとって、Gitを「真実のソース」とするPull型ワークフローへの理解と習得に時間がかかりました。これに対しては、初期段階で丁寧な説明会やハンズオンを実施し、実践を通じて慣れてもらうアプローチを取りました。
- 既存CIパイプラインとの連携: 既存の様々なCIツール(Jenkins, GitLab CI, GitHub Actionsなど)とArgo CDをどのように連携させるか、最適なパターンを見つけるのに試行錯誤が必要でした。最終的には、「CIはマニフェスト生成・更新、Argo CDは同期」という責務分離を徹底することで整理しました。
- アプリケーションの種類による差異: ステートフルなアプリケーションや、Helm charts, Kustomizeなど、異なる形式のマニフェストを扱う場合のArgo CDの設定や運用ノウハウの蓄積が必要でした。
- シークレット管理: 機密情報をGitに平文で置くことはできないため、外部シークレット管理システム(例: HashiCorp Vault, Sealed Secretsなど)と連携させる設計が必要となりました。Argo CDの外部シークレット連携機能や、マニフェスト生成時にシークレットを注入する仕組みを検討・導入しました。
これらの課題は、PoCを通じて技術的な実現性を確認し、小さく開始して徐々に適用範囲を広げるスモールスタート戦略、そして関係者間での継続的な情報共有と学習を通じて克服していきました。
まとめと今後の展望
Kubernetes環境におけるGitOpsとArgo CDの導入は、デプロイと運用管理のプロセスを根本から改善し、明確な効率化とコスト削減を実現する強力な手段となり得ます。Gitを核とした宣言的な管理は、システムの安定性を高めるだけでなく、監査性やロールバック容易性を向上させ、変化に強い開発・運用体制を築く基盤となります。
本事例から得られる示唆として、OSSを活用した効率化・コスト削減は、単に既存ツールの代替にとどまらず、GitOpsのような新しい運用思想を取り入れることで、より抜本的なプロセス改善と大きな成果に繋がるという点が挙げられます。
今後は、Argo CD Rolloutsによるカナリアリリースやプログレッシブデリバリーの実現、Argo CD ApplicationSetによるマルチテナント・マルチクラスタ管理の効率化など、Argo CDのより高度な機能を活用することで、さらなる運用効率化とコスト最適化を目指していく予定です。Kubernetes環境の運用課題に直面している組織にとって、GitOpsとArgo CDは検討に値する強力な選択肢となるでしょう。