JenkinsによるCI/CD基盤の継続的改善:ビルド時間短縮とリソースコスト最適化で実現した効率化事例
はじめに:肥大化するCI/CDの課題
多くの開発組織において、継続的インテグレーション(CI)および継続的デリバリー(CD)はソフトウェア開発サイクルの核となっています。特に大規模な組織では、プロジェクト数や開発者が増加するにつれてCI/CDパイプラインが複雑化・肥大化し、様々な課題に直面することがあります。ビルド時間の増大、CIインフラストラクチャのコスト増加、運用負荷の増大といった問題は、開発チームの生産性低下やリリースサイクルの遅延に直結し、ビジネスのスピードを阻害する要因となり得ます。
本記事では、長年にわたりJenkinsをCI/CD基盤として運用してきたある組織が、これらの課題を解決するために実施した継続的な最適化の取り組みと、それによって達成した効率化およびコスト削減の具体的な事例をご紹介します。
最適化着手前の状況
この組織では、複数の製品ラインとサービスを開発しており、それぞれが数十から数百におよぶリポジトリとCIジョブを抱えていました。CI/CD基盤の中核にはJenkinsが据えられ、多数のJenkinsマスターと、それらをサポートする膨大な数のビルドエージェント(オンプレミス仮想マシン、クラウド上のEC2インスタンスなど)が稼働していました。
しかし、開発規模の拡大とともに、以下のような課題が顕在化していました。
- ビルド時間の長期化: コードベースの増大やテストの増加により、一つのビルドに数十分、長いものでは1時間以上かかるジョブも珍しくありませんでした。これは開発者のフィードバックサイクルを遅らせ、生産性を低下させていました。
- リソースコストの肥大化: ピーク時の負荷に対応するため、常に多数のビルドエージェントを稼働させておく必要があり、オンプレミス環境ではハードウェアコスト、クラウド環境では利用料が増大していました。特に、アイドル状態のリソースが多く、コスト効率が悪い点が問題視されていました。
- 運用負荷の増大: Jenkinsマスターやエージェントのメンテナンス、プラグインの管理、ジョブ設定の保守、トラブルシューティングなど、CI基盤自体の運用に多大な工数がかかっていました。構成管理が不十分で、属人化も進んでいました。
- 構成の非標準化: 各開発チームが個別にジョブを設定していたため、パイプラインの定義方法やビルド環境にばらつきがあり、全体の管理や横断的な改善が困難でした。
これらの課題は、技術部門全体のコスト効率と開発速度に大きな影響を与えており、戦略的な対応が求められていました。
最適化の意思決定と戦略
課題解決にあたり、Jenkinsからの脱却(他OSSやSaaSへの移行)も選択肢として検討されました。しかし、以下の理由から、既存のJenkins基盤を継続的に改善・最適化するという戦略が選択されました。
- 投資の保護: Jenkinsに対するこれまでの投資(技術者のスキル、既存パイプライン資産)を最大限に活用したいという意向がありました。ゼロから新しい基盤を構築・移行するよりも、既存資産を活かす方が初期コストや移行リスクを抑えられると判断されました。
- カスタマイズ性と柔軟性: 多様な開発言語、フレームワーク、デプロイ環境に対応する必要があり、Jenkinsの持つ高いカスタマイズ性と豊富なプラグインエコシステムが有利であると評価されました。
- 段階的な導入: 一斉移行のリスクを避け、効果測定を行いながら段階的に改善を進めるアプローチが、組織全体の負担を軽減すると考えられました。
この戦略に基づき、「ビルド時間の短縮」「リソースコストの最適化」「運用負荷の軽減」「構成の標準化」を主要な目標として、継続的な改善プロジェクトが発足しました。技術部門横断の推進チームが組成され、各開発チームと連携しながら進める体制が構築されました。特に、コスト削減目標については、年間削減額を具体的に設定し、経営層への説明材料としました。
具体的な最適化への取り組み
最適化プロジェクトでは、以下の具体的な施策が実行されました。
- ビルドエージェントのスケーリング最適化:
- 常時稼働させていた固定数のエージェントを廃止し、クラウドのオンデマンドインスタンスやスポットインスタンスを活用した動的なエージェントプロビジョニングを導入しました。これにより、必要に応じて迅速にエージェントを起動・停止できるようになり、アイドルリソースのコストを大幅に削減しました。
- Kubernetes上にJenkinsエージェントを展開する構成も一部で試験的に導入し、コンテナ技術によるリソース効率化と管理の簡素化を目指しました。
- パイプラインの構造化と共有ライブラリ:
- Groovy Pipelineスクリプトを共通の部品として定義できる「Shared Libraries」機能を活用し、共通処理(例: ソースコードチェックアウト、テスト実行、成果物アップロードなど)を標準化しました。これにより、各ジョブ設定の記述量が削減され、保守性が向上しました。
- モノリポ内の複数のコンポーネントを効率的にビルドするため、変更があった部分のみをビルドするようなインテリジェントなパイプラインロジックを実装しました。
- テストの並列実行・分散実行:
- ユニットテストやインテグレーションテストを複数のエージェントで並列実行するようパイプラインを修正しました。これにより、テスト全体の実行時間を大幅に短縮しました。
- 大規模なエンドツーエンドテスト(E2Eテスト)については、専用のエージェントプールを用意し、分散実行フレームワークを活用しました。
- ビルドキャッシュの積極的な活用:
- Maven/Gradleなどの依存関係管理ツールのローカルキャッシュをエージェント間で共有する仕組みや、Dockerイメージのキャッシュを活用することで、ビルドごとのダウンロードやイメージ再構築のオーバーヘッドを削減しました。
- CI基盤の監視と分析強化:
- PrometheusとGrafanaを導入し、Jenkinsマスターやエージェントのリソース使用率、ビルドキューの長さ、ジョブの実行時間といったメトリクスを継続的に監視・可視化しました。
- Elasticsearch, Logstash, Kibana(ELKスタック)を用いてJenkinsのログを集約・分析し、ビルド失敗の原因特定やパフォーマンスボトルネックの発見を効率化しました。これらの分析結果を基に、継続的な改善対象を特定しました。
- IaCによるエージェント管理の自動化:
- Terraformを用いてクラウド上のエージェントインスタンスをプロビジョニングし、Ansibleを用いてエージェントの初期設定(Java, Dockerなどのミドルウェアインストール)を自動化しました。これにより、エージェント管理の運用負荷を軽減し、構成の均一性を保ちました。
導入によって得られた成果
これらの継続的な最適化の結果、組織は以下のような顕著な成果を達成しました。
- ビルド時間の平均35%短縮: 特に時間がかかっていた主要なパイプラインにおいて、テストの並列化やキャッシュ活用などにより、実行時間が平均で35%短縮されました。これにより、開発者のフィードバックループが高速化し、開発効率が向上しました。
- CIリソースコストの年間20%削減: 動的なエージェントプロビジョニングとリソースの最適化により、ピーク時以外のアイドルリソースを大幅に削減し、年間で推定20%のインフラストラクチャコスト削減を実現しました。これは、特にクラウド利用料の最適化に貢献しました。
- 運用負荷の軽減: IaCによるエージェント管理自動化や、Shared Librariesによる構成標準化により、Jenkins基盤自体の運用・保守にかかる工数が削減されました。監視・ログ分析基盤の強化により、問題発生時の原因特定と解決が迅速化されました。
- 開発効率の向上: ビルド時間の短縮に加え、標準化されたパイプラインにより、新しいプロジェクトでのCI環境構築にかかる時間が短縮されました。開発チームは基盤の差異に悩まされることなく、アプリケーション開発に集中できるようになりました。
- 基盤の安定性向上: 監視と分析の強化、そして継続的な改善サイクルにより、CI基盤のボトルネックが解消され、全体的な安定性が向上しました。
これらの成果は、定量的・定性的に組織全体の技術部門の効率化とコスト削減に大きく貢献しました。
直面した課題と克服
最適化の過程では、いくつかの課題に直面しました。
- 大規模な既存ジョブのリファクタリング: 長年積み重ねてきた手書きのスクリプトや複雑な設定を持つ既存ジョブを、Pipeline as CodeやShared Librariesの概念に沿ってリファクタリングすることは容易ではありませんでした。各開発チームの理解と協力が不可欠でした。
- 克服: 推進チームが中心となり、標準的なパイプラインテンプレートや移行ガイドラインを提供しました。説明会やハンズオン形式のトレーニングを実施し、各チームのリファクタリングをサポートしました。一度に全てを変更するのではなく、優先度の高いジョブから段階的に移行を進めました。
- プラグインの依存関係とセキュリティ管理: Jenkinsはプラグインに強く依存していますが、プラグイン間の互換性問題やセキュリティ脆弱性が課題となることがあります。
- 克服: 定期的なプラグインの棚卸しとアップデートを実施し、不要なプラグインを削除しました。Jenkinsのセキュリティ勧告に注意を払い、迅速な対応を心がけました。検証環境でアップデートの影響を事前に確認するプロセスを確立しました。
- 文化とスキルの変化への対応: 継続的改善の文化を根付かせ、新しいCI/CDのプラクティスやツール(例: Pipeline as Code, IaC, 監視ツール)に関する技術者のスキルを向上させる必要がありました。
- 克服: 社内ブログや勉強会を通じて情報共有を促進しました。外部研修や資格取得支援なども含め、計画的なスキルアップ支援を実施しました。CI基盤の運用チームだけでなく、各開発チームにもパイプライン保守の責任を分散させる体制へ移行しました。
まとめと今後の展望
本事例は、長年運用されてきたOSSであるJenkinsも、継続的な最適化と戦略的な取り組みによって、クラウドネイティブ時代の開発ニーズに対応し、顕著な効率化とコスト削減を実現できることを示しています。重要なのは、単にツールを導入するだけでなく、組織全体の開発プロセス、運用体制、そして文化を変革していく視点を持つことです。
この事例から得られる教訓として、以下の点が挙げられます。
- 継続的改善の重要性: 一度構築したら終わりではなく、常に状況を監視し、データに基づいて改善点を見つけ、繰り返し最適化を実施すること。
- 目標の明確化と定量評価: 何を改善するのか(ビルド時間、コスト、運用負荷など)を具体的に定義し、可能な限り定量的に成果を評価すること。これが投資対効果の説明や、次なる改善のモチベーションにつながります。
- 組織横断の連携と文化醸成: 基盤チームだけでなく、各開発チームを巻き込み、標準化や新しいプラクティスに対する理解と協力を得ること。DevOpsの文化を醸成することが、CI/CDの効果を最大化します。
今後の展望として、この組織ではKubernetes上でのエージェント管理をさらに推し進め、リソース効率とスケーラビリティを向上させる計画です。また、AI/ML開発におけるモデル学習パイプラインなど、新たな領域でのCI/CD活用も検討しています。
本事例が、自社のCI/CD基盤の課題解決や最適化を検討されている技術部門責任者層の皆様にとって、何らかの示唆となれば幸いです。OSSを活用した効率化・コスト削減は、技術的な側面に加え、組織全体の戦略として捉えることが成功の鍵となります。