GLPI活用事例:IT資産管理とCMDBの統合で実現したコスト削減と運用効率化
はじめに:複雑化するIT環境と管理コストの課題
現代の企業IT環境は、オンプレミスからクラウド、コンテナ、多様なSaaS利用など、急速に複雑化しています。このような状況下で、IT資産の正確な把握、構成情報の管理(CMDB)、そしてそれらを基盤としたインシデント管理、変更管理、問題管理といったITサービスマネジメント(ITSM)プロセスの効率的な運用は、事業継続性やセキュリティ、コンプライアンスの観点から極めて重要です。
しかし、多くの組織では、IT資産管理はスプレッドシートや部門ごとのツールで個別に行われ、CMDBは整備されていなかったり、高価な商用ツールが導入されているものの最新性が保てていない、といった課題を抱えています。これにより、情報のサイロ化、データ不整合による非効率な運用、そして高額なライセンスコストが発生しています。
本記事では、このような課題に対し、OSSであるGLPI(Gestionnaire Libre de Parc Informatique)を活用して、IT資産管理とCMDBを統合し、大幅なコスト削減と運用効率化を実現した事例をご紹介します。技術部門責任者層の皆様にとって、OSS導入によるIT管理基盤の再構築に向けた意思決定の一助となれば幸いです。
導入前の状況:情報散在と運用負荷
事例組織では、サーバー、ネットワーク機器、PC、ソフトウェアライセンスといったIT資産が、複数の管理台帳やツールに分散して記録されていました。特に、物理・仮想サーバー、クラウドインスタンスといった重要な構成情報は、システム担当者それぞれのローカルな知識に依存する部分が多く、変更管理の際に影響範囲を正確に把握することが困難でした。
また、CMDBに相当する情報は特定の部署が商用ツールで管理していましたが、ライセンス費用が高額であることに加え、手作業によるデータ更新が中心であったため、最新性・正確性に課題がありました。インシデント発生時には、関連する資産情報や構成情報を探し出すのに時間を要し、復旧の遅延につながることもありました。ソフトウェアライセンスの管理も不十分で、過不足なく購入できているか、コンプライアンス遵守できているかの判断が難しい状況でした。
これらの状況から、以下の点が大きな課題として認識されていました。
- IT資産および構成情報の全体像が把握できない
- 情報の不正確性・不整合により、運用作業の効率が低い
- ITSMプロセス(インシデント、変更管理など)が非効率
- 商用ツールのライセンスコストが高い
- 監査対応や情報セキュリティ管理に必要なデータ収集に工数がかかる
導入の意思決定とGLPIの選定
このような課題を解決するため、IT管理基盤の刷新が検討されました。IT資産管理、CMDB、そしてインシデント管理や変更管理といった基本的なITSM機能を統合的に提供できるソリューションが求められました。選択肢として、既存商用ツールの継続利用・拡張、他商用ツールの導入、そしてOSSの活用が挙がりました。
商用ツールの継続・拡張は高額な追加投資が必要であり、他商用ツールの導入も同様に初期・運用コストの高さが懸念されました。そこで、OSSの可能性が検討されました。IT管理領域のOSSを比較検討した結果、GLPIが以下の点で最も適していると判断されました。
- 統合的な機能: IT資産管理、CMDB、ヘルプデスク(インシデント管理)、変更管理、問題管理など、ITSMの基本的な機能がパッケージとして提供されている点。
- OSSとしてのメリット: ライセンス費用がかからず、コスト削減効果が見込める点。ソースコードが公開されており、必要に応じてカスタマイズや内製でのサポート体制構築が可能である点。
- 豊富なプラグインとコミュニティ: 多様な拡張機能を提供するプラグインが存在し、大規模なユーザーコミュニティによる情報共有やサポートが期待できる点。
- エージェントによる自動収集: OCS Inventory NGやFusionInventoryといった連携可能なエージェントを利用することで、PCなどのIT資産情報を自動収集できる点。
意思決定プロセスにおいては、まず小規模な環境でGLPIを導入し、PoC(概念実証)を実施しました。これにより、基本的な機能、自動収集の精度、既存データとの連携可能性、そして組織の運用スタイルへの適合性を評価しました。懸念点としては、日本語ローカライズの質、商用サポートのような手厚いベンダーサポートが存在しない点、大規模環境におけるパフォーマンスなどが議論されました。これに対し、日本語コミュニティの活動状況や、必要に応じて外部のOSSサポートベンダーの活用、内製での技術力向上による対応を方針とし、導入が決定されました。
具体的な導入と活用
GLPIの導入は、段階的に進められました。まず、専用サーバーを準備し、GLPI本体とデータベース(PostgreSQL)をセットアップしました。初期段階では、少数のIT資産情報を手動で登録し、GLPIの基本的な操作や機能に習熟することから始めました。
次に、最も重要なIT資産であるサーバーやネットワーク機器について、既存の情報を整理し、GLPIのCMDB構造に合わせてインポートしました。サーバーの種類、OS、CPU、メモリ、IPアドレスといった基本情報に加え、インストールされている主要なソフトウェア、関連するサービス、担当者などの情報を紐付けました。物理・仮想サーバーの関連性や、アプリケーションとそれを稼働させるサーバーといった依存関係もCMDB上で定義しました。
クライアントPCについては、FusionInventoryエージェントをグループポリシーなどを用いて展開し、自動的にハードウェア構成、インストールソフトウェア、ネットワーク情報などを収集するように設定しました。これにより、手作業での棚卸しから解放され、常に最新のPC情報をGLPI上で管理できるようになりました。
インシデント管理プロセスにおいては、GLPIのヘルプデスク機能を利用し、ユーザーからの問い合わせと関連するIT資産やCMDB情報を紐付けて管理を開始しました。これにより、担当者はインシデント発生時に迅速に関連情報を参照できるようになりました。変更管理プロセスでも、変更対象のIT資産や影響を受けるCMDBアイテムを明確にし、変更内容、承認状況、実施結果などを記録することで、変更に伴うリスクを低減しました。
導入によって得られた成果
GLPIの導入によって、組織は以下の具体的な成果を達成しました。
- コスト削減:
- 商用ライセンス費用削減: 従前利用していた高価な商用CMDB/IT資産管理ツールのライセンス費用が年間数百万円削減されました。
- 管理工数削減: PCの棚卸しや手作業での情報更新にかかっていた工数が大幅に削減され、年間数百時間相当のコスト削減につながりました。
- 運用効率化:
- 情報発見性の向上: IT資産や構成情報が一元化され、必要な情報を迅速に検索・参照できるようになりました。これにより、インシデント対応時間が平均20%短縮されました。
- 変更管理の改善: 変更対象と影響範囲の特定精度が向上し、変更に伴う手戻りやインシデントの発生率が低下しました。
- IT資産の正確な把握: エージェントによる自動収集により、IT資産情報の正確性・最新性が飛躍的に向上しました。これにより、遊休資産の特定や、ソフトウェアライセンスの最適化、今後の設備投資計画の精度向上に貢献しています。
- 定性的成果:
- ITガバナンス強化: IT資産および構成情報管理の標準化と一元化により、組織全体のITガバナンスが強化されました。
- 監査対応の効率化: 必要なIT資産情報や変更履歴がGLPIに集約されているため、内部監査や外部監査への対応が迅速かつ容易になりました。
- 部門間連携の促進: IT部門内の異なるチーム間、あるいはIT部門と他部門(経理、調達など)との間で、IT資産情報に基づいたコミュニケーションが円滑になりました。
直面した課題と克服
GLPIの導入・運用においても、いくつかの課題に直面しました。
- 初期データの移行: 既存の管理台帳やツールからGLPIへのデータ移行は、形式の差異やデータクレンジングに多くの工数を要しました。これは、移行ツールやスクリプトを内製で開発し、段階的な移行計画を立てることで乗り越えました。
- CMDB構造の定義: 組織のIT環境を適切に表現するCMDBの構成項目や関連性を定義することは容易ではありませんでした。ITILなどのフレームワークを参考にしながら、関係者間で議論を重ね、段階的に定義を洗練させていきました。
- 利用者への浸透: ヘルプデスク機能など、一部の機能については利用者への操作説明や利用促進が必要でした。操作マニュアルの整備、社内研修の実施、FAQサイトの開設などにより、利用者の定着を図りました。
- プラグインの評価と管理: GLPIは豊富なプラグインが提供されていますが、その品質や将来的な互換性を評価し、適切に管理する必要がありました。利用するプラグインを厳選し、本番導入前に十分な検証を行う体制を構築しました。
これらの課題に対し、組織はOSSに対するコミットメントを高め、内製での技術力向上を図るとともに、必要に応じて外部の専門家の知見を活用することで、着実に運用を安定させていきました。
まとめと今後の展望
本事例は、OSSであるGLPIを活用し、IT資産管理とCMDBを統合することで、高額な商用ツールのライセンスコストを削減しつつ、IT運用の効率化とITガバナンスの強化を実現した成功事例です。単なるツール導入に留まらず、情報のサイロ化を解消し、ITSMプロセスの基盤を再構築することで、組織全体のIT管理レベルを向上させることができました。
GLPIは多機能であり、本事例で紹介した機能以外にも、購入管理、契約管理、ドキュメント管理、プロジェクト管理といった幅広い機能を内包しています。今後は、これらの未活用機能の導入や、APIを活用した他システムとの連携強化(例えば、監視アラートから自動的にインシデントを起票するなど)により、さらなる運用効率化と自動化を目指しています。
IT管理基盤のコスト削減や効率化、ガバナンス強化を検討されている技術部門責任者層の皆様にとって、GLPIのような統合OSSは、有効な選択肢となり得ます。導入にあたっては、自組織の課題と求められる要件を明確にし、OSSの特性を理解した上で、段階的な導入計画と技術力向上のための投資を行うことが成功の鍵となります。