GitLab CI/CDを活用した開発パイプライン自動化による運用効率とコスト削減事例
開発リードタイム短縮と運用コスト最適化を実現するOSS活用事例:GitLab CI/CDによる開発パイプライン自動化
近年のビジネス環境の急速な変化に対応するため、IT部門にはより迅速なアプリケーション開発とデリバリーが求められています。しかし、従来の開発プロセスでは、ビルド、テスト、デプロイといった工程が手作業や断片的なツールで行われることが多く、これが開発サイクルの長期化や運用負荷の増大、それに伴うコスト増の要因となっていました。
このような課題に対し、オープンソースソフトウェア(OSS)を活用して開発プロセス全体を自動化する取り組みが進められています。本記事では、GitLabのCI/CD機能を活用し、開発パイプラインの自動化によって運用効率の向上とコスト削減を達成したある企業の事例をご紹介します。
導入前の状況:手作業と属人化による非効率な開発プロセス
この企業では、複数のビジネスアプリケーションを開発・運用しており、各プロジェクトで個別のリポジトリ管理やビルド・デプロイ手順が確立されていました。しかし、以下のような課題を抱えていました。
- 開発リードタイムの長期化: コードレビューからステージング環境へのデプロイ、本番環境へのリリースに至るまでのプロセスに多くの手作業が含まれており、これがボトルネックとなっていました。特に結合テストやシステムテストのための環境準備、デプロイ作業に時間がかかり、新しい機能や改善のリリース頻度が低い状態でした。
- 運用負荷の増大: デプロイ作業は特定の担当者に依存しており、深夜や休日に行われることも少なくありませんでした。また、ビルドやテストの失敗時の原因究明も属人化しており、担当者の負担が大きい状況でした。
- コストの最適化余地: 手作業による運用コストに加え、古いシステム構成や商用ツールのライセンス費用など、IT全体のコスト構造に最適化の余地がありました。特に、開発・テスト環境の利用効率が悪く、リソースコストが肥大化している側面もありました。
- 品質のばらつき: 手動での作業が多いため、手順ミスによるデプロイ失敗や、テスト漏れによる品質問題が発生するリスクがありました。
技術部門責任者としては、これらの課題を解決し、ビジネス要求に迅速かつ高品質に対応できる開発・運用体制を構築することが喫緊の課題でした。
導入の意思決定とGitLab CI/CDの選定理由
課題解決のため、開発パイプラインの自動化(CI/CD)ツールの導入が検討されました。様々な商用ツールやOSSが候補に挙がった中で、GitLab CI/CDが選ばれた主な理由は以下の通りです。
- 単一プラットフォームでの統合: すでにコードリポジトリとしてGitLabを利用していたため、CI/CD機能も同じプラットフォーム上で利用できる点が大きな魅力でした。コード管理、課題管理、CI/CD、コンテナレジストリなどが統合されていることで、開発チームのワークフローが劇的に簡素化され、ツール間の連携設定や管理にかかるコストを削減できると判断しました。
- コスト優位性: 商用CI/CDツールと比較して、OSSであるGitLab CI/CDは運用規模に応じたライセンスコストの増加が少なく、トータルコストを抑えられる見込みがありました。特に、Runnerを柔軟にスケールできる点がコスト最適化に寄与すると考えられました。
- 高い柔軟性と拡張性:
.gitlab-ci.yml
ファイルによる柔軟なパイプライン定義が可能であり、多様なプロジェクトの要件や既存ツールとの連携に対応できると評価しました。また、Dockerコンテナを用いたIsolatedな実行環境でビルド・テストが可能であり、環境構築や依存関係の管理が容易になる点も大きなメリットでした。 - コミュニティとドキュメント: 活発なOSSコミュニティと充実したドキュメントが存在するため、導入・運用における疑問や課題解決のサポートが得やすいと判断しました。
意思決定プロセスにおいては、技術的な PoC (Proof of Concept) に加えて、費用対効果のシミュレーションや、既存のチーム体制でOSSを運用していくための技術力向上の計画なども同時に検討されました。特に、CI/CDパイプラインの設計・運用スキルをチーム内でどのように習得・共有していくかという点については、懸念点として認識し、社内勉強会や外部トレーニングの実施計画を策定しました。
具体的な導入・活用:パイプラインの段階的自動化
GitLab CI/CDの導入は、既存の主要アプリケーションの一部を対象に、段階的に進められました。
- Runnerの準備: 各プロジェクトのビルド・テスト要件に応じて、共有Runnerと専用Runnerを組み合わせた構成を設計しました。クラウド上のVMやKubernetesクラスタ上にGitLab Runnerをセットアップし、必要に応じて自動でスケールするように設定しました。
- パイプライン定義の作成: 各アプリケーションのリポジトリに
.gitlab-ci.yml
ファイルを追加し、ビルド、テスト、コンテナイメージ作成、ステージング環境へのデプロイといったジョブを定義しました。初期段階では、手作業で行っていたステップをそのままジョブとして置き換え、徐々に自動化の範囲を広げました。 - テスト自動化との連携: 既存の単体テスト、結合テスト、E2Eテストのフレームワーク(例: JUnit, Selenium)とCIパイプラインを連携させ、コード変更があるたびに自動でテストが実行されるように設定しました。
- デプロイ自動化: ステージング環境へのデプロイは自動化し、本番環境へのデプロイは手動承認を挟む形から開始しました。デプロイスクリプトを標準化し、TerraformやAnsibleといった構成管理ツールと連携することで、インフラのプロビジョニングも含めたパイプラインの統合を進めました。
- 監視・通知: パイプラインの実行結果やエラーをSlackやメールで通知する仕組みを構築し、問題発生時の早期検知と対応を可能にしました。
技術的な詳細はプロジェクトによって異なりますが、重要なのは、開発チーム自身がパイプライン定義を管理し、変更・改善していく体制を構築した点です。これにより、DevOpsの考え方が組織に浸透し始めました。
導入によって得られた成果:定量的・定性的な効果
GitLab CI/CDの導入により、以下のような顕著な成果が得られました。
- 開発リードタイムの劇的な短縮:
- 効果: コードレビューからステージングデプロイまでの平均リードタイムが従来の1週間から1日以内に短縮されました。本番リリース頻度も、月1回程度から週1回以上へと向上しました。
- 費用対効果: リリースサイクルの短縮は、市場への新機能投入スピードの向上に直結し、ビジネス機会の獲得に貢献しました。また、開発者がデプロイ待ちでブロックされる時間が削減され、開発効率が向上しました。
- 運用コストと負荷の削減:
- 効果: 手動デプロイにかかっていた年間約500人時の作業時間が約100人時に削減されました。また、デプロイ関連の深夜作業や休日対応がほぼなくなり、運用チームの負担が大幅に軽減されました。
- 費用対効果: 人件費に換算すると、年間数百万円規模の運用コスト削減効果が見込まれます。加えて、人的ミスの削減による手戻りコストの低減も大きな効果です。
- 品質の向上と安定化:
- 効果: テスト自動化とCIパイプラインへの組み込みにより、バグの早期発見・修正が可能となり、本番環境での障害発生率が30%削減されました。デプロイミスの発生もほぼゼロになりました。
- 費用対効果: 品質向上は、顧客満足度の向上や障害対応にかかるコスト(直接費用、機会損失)の削減に直接的に貢献します。
- リソースコストの最適化: Runnerを必要な時に必要なだけ起動する構成としたことで、固定的な検証環境の維持コストを削減できました。
- 組織文化の変化: 開発チームと運用チーム間の連携が密になり、DevOpsの考え方が浸透しました。開発者がインフラやデプロイプロセスへの理解を深め、より責任を持って開発に取り組む姿勢が見られるようになりました。
直面した課題と克服
導入プロセスにおいては、いくつかの課題に直面しました。
- パイプライン定義の複雑性: 初期段階では、
.gitlab-ci.yml
の記述がプロジェクトごとにバラバラになり、管理や保守が難しくなりました。これを解決するため、共通のパイプラインテンプレートを作成し、ベストプラクティスをドキュメント化・共有することで、標準化を進めました。 - テスト環境の整備: 自動テストを効率的に実行するためのテスト環境(データベース、外部サービス連携など)の準備と管理が課題となりました。Docker ComposeやKubernetesを活用し、テスト実行ごとに独立した使い捨て環境を構築することで、この問題を解決しました。
- 既存システムとの連携: 古いシステムや独自のデプロイツールとの連携に課題がありましたが、Wrapperスクリプトを作成したり、GitLab CI/CDのAPIを活用したりすることで、段階的に連携を実現しました。
まとめと今後の展望
この事例は、OSSであるGitLab CI/CDを活用し、開発パイプラインを自動化することが、開発リードタイム短縮、運用コスト削減、品質向上といった多面的な成果をもたらすことを示しています。特に、既存のツールやプロセスとの連携、組織内のスキルアップ、そして段階的な導入アプローチが成功の鍵となりました。
技術部門責任者の視点からは、単なるツールの導入ではなく、開発・運用プロセス全体の変革として捉え、戦略的に進めることが重要です。OSSは柔軟性とコスト優位性を提供しますが、その運用には技術力とコミットメントが求められます。
今後は、AI/MLを活用したテスト自動化の高度化や、セキュリティスキャンやIaC (Infrastructure as Code) とのさらなる連携強化など、CI/CDパイプラインの適用範囲を広げ、より継続的な改善を目指していく計画です。他の組織においても、自社の課題と照らし合わせながら、OSSを活用した効率化・コスト削減の可能性を検討されることを推奨いたします。