MySQL/MariaDBとGalera Clusterを活用した高可用性データベース基盤の構築:コスト削減と運用効率化への道
はじめに:大規模サービスにおけるデータベースの高可用性課題
現代のビジネスにおいて、サービスの安定稼働は極めて重要です。特に、顧客データや取引情報といった基幹となるデータを扱うデータベースシステムは、その可用性がサービスの継続性に直結します。多くの企業では、データベースの高可用性を実現するために様々な手法を採用していますが、商用データベースの高価なライセンス費用や、レプリケーション構成における複雑なフェイルオーバー運用が、コストと運用負荷の増大を招いているケースが少なくありません。
本稿では、ある組織がMySQLまたはMariaDBと、OSSの同期レプリケーションソリューションであるGalera Clusterを組み合わせることで、高可用性データベース基盤を構築し、コスト削減と運用効率化を同時に実現した事例をご紹介します。技術部門の責任者層の皆様にとって、自組織のデータベース戦略におけるOSS活用の可能性を検討する上で、具体的な判断材料となる情報を提供できれば幸いです。
導入前の状況:高コストと運用上の課題
事例の組織では、複数の大規模サービスを支えるデータベースとして、主に商用リレーショナルデータベース製品を利用していました。しかし、サービスの成長に伴うデータ量の増加とトランザクション負荷の上昇により、高額なライセンス費用が継続的なコスト負担となっていました。また、一部のシステムではMySQLの非同期レプリケーション構成を採用していましたが、プライマリノード障害発生時の手動によるフェイルオーバー作業は運用チームにとって大きな負担であり、データの整合性に関わるリスクも内包していました。
加えて、計画的なメンテナンスやバージョンアップ作業においても、サービスの停止時間を最小限に抑えるための複雑な手順が必要であり、運用効率の改善が強く求められていました。新しいサービスの開発においても、データベースの可用性やスケーラビリティに対する要求は高まる一方で、既存の体制では迅速な対応が難しい状況でした。
導入の意思決定と選定:Galera Clusterが選ばれた理由
こうした課題を解決するため、技術部門はデータベース基盤の再構築を検討しました。新しい基盤に求められる要件は以下の通りでした。
- コスト削減: 商用ライセンス費用からの脱却。
- 高可用性: 自動フェイルオーバーによる障害発生時のダウンタイム極小化。
- 運用効率化: フェイルオーバーやメンテナンス作業の簡略化。
- スケーラビリティ: 容易なノード追加による拡張性。
- データ整合性: 複数ノード間での厳密なデータ同期。
複数のOSSデータベースや高可用性ソリューションが候補に挙がりましたが、最終的にMySQLまたはMariaDBをデータベースエンジンとし、その上にGalera Clusterを組み合わせる構成が採用されました。Galera Clusterが選ばれた主な理由は以下の点にあります。
- マルチマスター構成: 複数のノードで同時に書き込みが可能であり、プライマリ/レプリカの概念が存在しないため、特定のノード障害がサービス全体に与える影響を最小限に抑えられます。
- 同期レプリケーション: Write Set Replication(WSREP)テクノロジーにより、トランザクションがクラスタ内の全ノードにほぼ同時にコミットされるため、ノード障害時にもデータロス(RPO=0)を極力回避できます。
- 自動ノード管理: 新しいノードの追加や既存ノードの復旧が比較的容易であり、クラスタの状態管理を自動で行う機能が運用負荷を軽減します。
- MySQL/MariaDB互換性: 既存システムでMySQL/MariaDBの経験や技術が蓄積されていたため、データベースエンジンとしてこれらを採用することに対する技術的なハードルが低かったことも大きな要因でした。
意思決定プロセスにおいては、技術的な適合性だけでなく、OSSを利用することによるサポート体制やコミュニティの活発さ、将来的な持続性なども総合的に評価されました。懸念点としては、Galera Cluster特有の制約(例:非同期で実行されるSQLステートメント、大きなトランザクションへの影響)や、WSREPによる性能影響がありましたが、これらは事前に十分な検証と対策の検討を行うことで許容範囲内と判断されました。
具体的な導入・活用:アーキテクチャと移行プロセス
導入は段階的に進められました。まず、新しいデータベース基盤として3ノードのGalera Cluster環境を構築しました。アーキテクチャとしては、各アプリケーションサーバーからはHAProxyなどのロードバランサー/プロキシを経由してGalera Clusterに接続する構成としました。これにより、アプリケーション側はノードの存在を意識することなく、クラスタ全体を単一のデータベースエンドポイントとして利用できます。
既存の商用データベースやMySQL非同期レプリケーション構成からのデータ移行は、ダンプ&リストア方式を採用し、サービスのメンテナンスウィンドウ中に実施しました。ダウンタイムを最小限にするため、事前の同期や差分データの適用などの工夫を行いました。
新しい環境では、データベースの監視体制も強化しました。PrometheusとGrafanaを組み合わせ、各ノードのリソース利用状況、Galera Clusterの状態(ノード数、レプリケーション遅延など)をリアルタイムで可視化しました。これにより、潜在的な問題を早期に発見し、対応できるようになりました。
アプリケーション側の対応としては、トランザクション管理の見直しが必要でした。特に、長時間のトランザクションや、Galera Clusterが持つWSREPの制約に抵触する可能性のあるSQLステートメントについては、コードレベルでの修正や設計変更を行いました。これは、マルチマスター環境でデッドロックや認定エラー(Certification Failure)を防ぎ、クラスタの安定性を保つ上で不可欠な作業でした。
導入によって得られた成果:コスト削減と運用効率の飛躍的向上
Galera Clusterを導入したことで、期待以上の成果が得られました。
第一に、コスト削減効果が顕著でした。高額な商用データベースのライセンス費用が不要になったことで、年間で数千万円規模の直接的なコスト削減が実現しました。ハードウェアに関しても、既存のサーバー資産を有効活用できたため、追加投資を抑えることができました。
第二に、運用効率化が大幅に進みました。最も大きな変化は、データベースノードの障害発生時における自動フェイルオーバーです。従来数十分を要していた手動のフェイルオーバー作業が不要になり、ダウンタイムは数秒から数十秒に短縮されました。これにより、運用チームの緊急対応にかかる負担が劇的に軽減されました。また、計画メンテナンスやバージョンアップ時も、ローリングアップデート方式での対応が可能になり、サービスの停止時間を最小限に抑えることができました。
第三に、可用性と信頼性が向上しました。同期レプリケーションによりデータロスのリスクがほぼゼロになり、ビジネス継続性の観点から非常に重要な改善でした。ノードの追加や削除が容易になったことで、アクセス増加に対するキャパシティ増強も迅速に行えるようになりました。
定性的な側面では、運用チームは障害対応の心理的なプレッシャーから解放され、より戦略的な業務に時間を割けるようになりました。開発チームも、データベースの高可用性が基盤側で担保されることで、アプリケーション開発に集中できる環境が整いました。
直面した課題と克服:技術的な壁と組織的対応
導入プロセスは順調に進んだわけではありません。いくつかの課題に直面し、それらを克服する必要がありました。
最も技術的に難しかったのは、WSREPの特性に起因する課題への対応でした。特に、複数のノードから同時に書き込みが競合する場合に発生するデッドロックや認定エラーの回避策です。これに対しては、アプリケーションコードにおけるトランザクションの粒度調整、特定のSQLステートメントの見直し、そして事前の十分な負荷テストとチューニングによって対応しました。
また、監視とアラート設定の最適化も重要でした。Galera Cluster特有のメトリクス(例:wsrep_local_state_comment
, wsrep_cluster_size
など)を理解し、クラスタの状態異常を正確に検知する仕組みを構築する必要がありました。これは、運用ドキュメントの整備とチーム内での知識共有を通じて対応しました。
組織的な課題としては、新しいデータベース基盤に対する開発・運用チームの習熟度向上です。Galera Clusterは従来のレプリケーションとは異なる概念や運用ノウハウが必要となるため、体系的な研修やハンズオン形式での学習機会を設けました。また、万が一の事態に備え、障害発生時のロールバック計画や代替手段についても詳細に検討し、チーム間で共有しました。
まとめと今後の展望:OSSによる高可用性基盤構築の示唆
本事例は、MySQL/MariaDBとGalera ClusterというOSSの組み合わせが、大規模なシステムにおいても高可用性データベース基盤を構築し、高額な商用製品からの脱却と運用効率化による大幅なコスト削減を実現可能であることを示しています。
この事例から得られる重要な教訓は以下の通りです。
- 適切なOSS選定: 要件に対してOSSが技術的に適合するかだけでなく、コミュニティの活発さ、サポートの可能性、組織の技術スタックとの親和性などを総合的に評価することが重要です。
- 十分な事前検証: OSSの特性を深く理解し、本番環境に近い形での十分な負荷テストや障害シミュレーションを行うことで、潜在的な課題を洗い出し、対策を講じることができます。
- 組織的な習熟度向上: 新しい技術の導入には、関係チームの知識レベル向上と運用体制の整備が不可欠です。継続的な学習と情報共有の文化を醸成することが成功の鍵となります。
- 移行計画の綿密化: 既存システムからの移行はリスクを伴います。詳細な移行計画、ロールバック計画、十分なテストが成功の確度を高めます。
今後は、Galera Clusterのさらなる活用として、異なるデータセンター間でのクラスタ構成によるディザスターリカバリ能力の向上や、コンテナ環境(Kubernetesなど)上でのデータベース運用への適用などが検討されています。
高可用性データベース基盤は、多くの企業にとって運用コストと複雑性の源泉となりがちです。本事例が、OSSを活用した効率化・コスト削減戦略を検討されている技術部門責任者層の皆様にとって、具体的な一歩を踏み出すための一助となれば幸いです。