サービスディスカバリと構成管理:Consul導入で実現したマイクロサービス基盤の効率化とコスト削減事例
事例概要:マイクロサービス環境の運用課題をConsulで解決
近年のシステム開発において、マイクロサービスアーキテクチャの採用が進んでいます。これにより、開発チームの自律性向上や技術選択の柔軟性といったメリットが得られる一方、サービスの数が増えるにつれて、サービスの発見、構成情報の管理、依存関係の把握といった運用上の課題が顕在化します。これらの課題は、運用担当者の負荷を増大させ、結果としてコスト増の要因となります。
本事例では、複数のマイクロサービスが稼働する環境において、OSSであるHashiCorp Consulを導入し、サービスディスカバリと構成管理の仕組みを統合したことで、どのように運用効率を向上させ、コスト削減を実現したかをご紹介します。
導入前の状況:高まる運用負荷と見えないコスト
事例の組織では、ビジネスの要求に応じる形でシステムがマイクロサービス化されていきました。当初は数個のサービスでしたが、次第に数十個へと増加しました。導入前の運用状況は以下の通りでした。
- サービス間の通信: サービス間の呼び出しは、IPアドレスやホスト名を静的に設定ファイルや環境変数に記述していました。サービスのデプロイやスケーリング、IPアドレス変更が発生するたびに、関連するサービスの設定を手動またはスクリプトで更新する必要がありました。
- 構成情報の管理: 各サービスの挙動を制御する様々な構成情報は、サービス固有の設定ファイルや外部のキーバリューストアに分散して保存されていました。これらの情報の一元管理や変更管理が困難でした。
- サービスの健全性確認: 各サービスのヘルスチェックは個別に実装・監視されており、異常発生時の対応がサービスごとに異なっていました。システム全体の健全性を俯瞰的に把握することが困難でした。
- デプロイメント: 新規サービスの追加や既存サービスのバージョンアップには、手動での設定変更や、関連サービスへの影響確認に時間を要しました。デプロイの頻度を上げることが難しい状況でした。
これらの状況により、運用チームは日々発生するサービスの変更や障害対応に追われ、本来注力すべき改善活動や新規技術の導入に時間を割くことができませんでした。運用コストは増加の一途をたどり、マイクロサービス化による開発効率向上効果が相殺されつつありました。
導入の意思決定と選定:なぜConsulを選んだか
運用負荷軽減とコスト削減という喫緊の課題に対し、技術部門ではマイクロサービス基盤の運用を抜本的に見直す必要性を認識しました。特に、サービス間の依存関係管理と構成情報の配布・管理の自動化が重要であると判断しました。
様々なOSSソリューションの比較検討を行った結果、HashiCorp Consulの導入を決定しました。選定の主な理由は以下の通りです。
- 統合された機能: サービスディスカバリ、ヘルスチェック、K/Vストアによる構成管理、セキュリティ(ACL)、サービスメッシュ機能(Consul Connect)など、マイクロサービス運用に必要な複数の機能を単一のOSSで提供している点が高く評価されました。これにより、複数のツールを組み合わせる複雑さを避けることができました。
- 実績と成熟度: 大規模なプロダクション環境での豊富な導入実績があり、コミュニティも活発であることから、信頼性と継続的な改善が期待できました。
- 柔軟な連携性: DNSインターフェースやHTTP APIを提供しており、様々なアプリケーションやインフラストラクチャとの連携が容易であると判断しました。特定の技術スタックに依存しない点が魅力的でした。
導入における懸念点としては、Consulクラスタ自体の運用管理や、既存サービスへの導入コストが挙げられました。これに対し、まずは一部の重要度の高いサービスから段階的にConsulを導入し、運用ノウハウを蓄積していく戦略をとりました。また、Consulの運用負担を軽減するため、適切なアーキテクチャ設計と監視体制の構築を同時に進める計画としました。
具体的な導入・活用:サービスディスカバリと構成管理の統合
Consulの導入は、まずConsul Serverクラスタの構築から開始しました。高可用性を確保するため、複数のデータセンターに跨る構成を採用しました。次に、各マイクロサービスを実行するサーバー/コンテナにConsul Agentをインストールし、ClientモードでConsul Serverに接続させました。
主要な活用方法は以下の通りです。
- サービスディスカバリ: 各サービスは起動時に自身の情報(サービス名、IPアドレス、ポート番号など)とヘルスチェック定義をローカルのConsul Agent経由で登録します。他のサービスは、ConsulのDNSインターフェースやHTTP APIを介して、特定のサービス名のインスタンスリスト(IPアドレスとポート番号)を取得し、通信を行います。これにより、サービスの場所が動的に変わっても、呼び出し元サービスは設定変更なく通信できるようになりました。
- ヘルスチェック: 各サービスは自身の提供するヘルスチェックエンドポイントをConsulに登録します。Consul Agentは定期的にこのエンドポイントを呼び出し、サービスの健全性を確認します。異常が検出された場合、Consulはサービスカタログからそのインスタンスを除外し、他のサービスはその異常なインスタンスを呼び出すことがなくなります。これにより、障害発生時のシステム全体の回復力が高まりました。
- 構成管理: ConsulのK/Vストアを、各サービスの共通設定や動的な構成情報を保存する場所として活用しました。サービスは起動時や実行中にConsul APIを呼び出すことで、最新の構成情報を取得します。これにより、設定変更をサービス個別にデプロイすることなく、ConsulのK/Vストアを更新するだけで即座に反映できるようになりました。
既存サービスへの導入は、まず一部の非クリティカルなサービスから開始し、段階的に適用範囲を広げました。新規開発サービスについては、設計段階からConsulの利用を前提としました。アプリケーション側のConsul連携コードは、共通ライブラリとして提供することで、開発チームの導入コストを削減しました。
導入によって得られた成果:運用効率の劇的向上とコスト削減
Consulの導入により、計画通り運用効率の向上とコスト削減を達成することができました。具体的な成果は以下の通りです。
- 運用工数の大幅削減(コスト削減): サービス間の通信設定や構成情報の変更・配布にかかる手動作業がほぼゼロになりました。これにより、運用チームの作業時間が以前と比較して約40%削減されました。この工数削減は、直接的な人件費コストの抑制に繋がりました。また、トラブルシューティングにおいて、サービスの依存関係や健全性情報をConsulで一元的に確認できるようになったため、原因特定の時間が短縮され、システム停止時間や復旧にかかるコストも削減されました。
- デプロイメントの迅速化・自動化(効率向上): サービスの場所をConsulが管理するため、デプロイメント時に他のサービスの設定を変更する必要がなくなりました。また、構成情報の動的な取得により、設定変更のための再デプロイが不要になりました。これにより、デプロイメントパイプラインが大幅にシンプル化され、新規サービスリリースやバージョンアップにかかる時間が約50%短縮されました。これにより、より高頻度でのデリバリーが可能となり、ビジネス変化への対応力が高まりました。
- システムの可用性向上(定性的な成果): ヘルスチェックとサービスディスカバリの連携により、異常なサービスインスタンスが自動的に通信対象から外されるようになりました。これにより、障害発生時のシステム全体の可用性が向上し、ユーザー影響を最小限に抑えることが可能になりました。
- 開発効率の向上(定性的な成果): 開発者はサービスの場所や構成情報を気にすることなく、サービス名で他のサービスを呼び出したり、ConsulのK/Vストアから設定を取得したりできるようになりました。運用チームとの連携コストも削減され、開発チームは本来のビジネスロジック開発に集中できるようになりました。
直面した課題と克服
Consul導入の過程でいくつかの課題に直面しました。
- Consulクラスタ自体の運用負荷: Consul Serverクラスタの安定稼働、バックアップ、バージョンアップといった運用管理は、新たなスキルセットを必要としました。これに対し、Consul公式ドキュメントやコミュニティの情報活用に加え、社内での勉強会を定期的に開催し、運用チーム全体のスキルアップを図りました。また、適切な監視・アラート設定を行い、問題の早期発見・対応ができる体制を構築しました。
- 既存サービスへの適用: 既存サービスの中には、静的な設定を前提としているものが多く、Consul連携のためにアプリケーションコードの改修が必要となりました。全てのサービスを一度に移行するのではなく、影響範囲を考慮しながら段階的に適用を進めました。また、改修コストが高いサービスについては、Consul AgentのSidecarパターンを利用して、アプリケーションコードの変更を最小限に抑える工夫を行いました。
- セキュリティ設定(ACLs): ConsulのACL機能を利用してサービスディスカバリやK/Vストアへのアクセス制御を行う必要がありましたが、その設計と管理は当初複雑に感じられました。最小権限の原則に基づき、各サービスが必要とする最小限の権限のみを付与するポリシーを定義し、繰り返しレビューと改善を行いました。
これらの課題に対し、技術チーム内で密に連携し、情報共有と学習を継続することで克服していきました。
まとめと今後の展望
本事例では、マイクロサービス環境における運用課題に対し、OSSであるHashiCorp Consulをサービスディスカバリと構成管理の基盤として導入することで、運用工数とコストの削減、デプロイメントの迅速化、システムの可用性向上といった成果を達成しました。
Consulの多機能性を活用し、サービスの「場所」と「設定」を一元的に管理・自動化できたことが成功の鍵でした。単に個別の機能を提供するツールを組み合わせるのではなく、統合された基盤としてOSSを活用することの価値を改めて認識しました。
この経験から得られる示唆として、マイクロサービス導入によって運用複雑性が増大している組織においては、サービスディスカバリや構成管理といった共通基盤の整備が、効率化・コスト削減のための重要な施策となることが挙げられます。
今後の展望としては、Consul Connect機能を利用したサービス間のセキュアな通信(Service Mesh)の実現や、Consul K/Vストアをベースにした動的なルーティング制御など、Consulのさらなる活用による運用効率の向上とセキュリティ強化を目指しています。OSSを戦略的に活用することで、技術的な課題を解決し、ビジネス価値の最大化に繋げられる可能性は、今後も広がっていくと考えられます。