ClickHouseを活用したDWH構築で実現した分析コスト削減とクエリ効率化事例
はじめに
データ活用がビジネスにおいてますます重要になるにつれて、取り扱うデータ量は飛躍的に増加しています。それに伴い、従来のデータウェアハウス(DWH)環境では、ライセンスコストの増加、クエリパフォーマンスの低下、運用負荷の増大といった課題に直面する組織が増えています。本記事では、このような課題を克服するために、オープンソースの高速カラムナーデータベースであるClickHouseを導入し、データ分析基盤を刷新することで、分析コストの削減とクエリ効率化を実現した事例をご紹介します。
導入前の状況
事例の対象となる企業では、長年にわたり商用のDWH製品を利用していました。ビジネス成長に伴い、日々生成される大量のトランザクションデータやユーザー行動データを取り込み、分析に活用していましたが、以下のような課題が顕在化していました。
- コストの増大: データ量や利用ユーザー数の増加に比例して、商用DWHのライセンス費用やインフラコストが継続的に増加しており、予算を圧迫していました。
- クエリパフォーマンスの低下: 特定の種類の集計クエリや、大規模なデータに対するJOINクエリの実行に時間がかかり、分析担当者の生産性低下を招いていました。特に、データ量がテラバイト、ペタバイト規模に近づくにつれて、この問題は深刻化していました。
- スケーラビリティの限界: データ量の増加に柔軟に対応するためのスケールアップ・スケールアウトに追加コストや複雑な作業が必要でした。
- 運用の複雑さ: パフォーマンスチューニングや障害対応など、運用管理に高度な専門知識と工数が必要でした。
これらの課題は、データに基づいた迅速な意思決定を阻害し、ビジネスの成長スピードに追いつけない状況を生み出していました。
導入の意思決定と選定
既存のDWH環境の課題を解決し、データ活用をさらに推進するために、技術部門では新しい分析基盤の構築を検討開始しました。検討にあたっては、以下の要件を満たすことを重視しました。
- コスト効率: 大規模データにも対応可能で、かつ運用コストを含めて全体的なTCO(総所有コスト)を大幅に削減できること。
- 高性能: 大量のデータに対する複雑な分析クエリを高速に実行できること。特に集計クエリの性能を重視しました。
- スケーラビリティ: データ量の増加に対して容易かつ柔軟にスケールできるアーキテクチャであること。
- 運用性: 比較的容易に運用でき、コミュニティサポートなどが充実していること。
- 既存システムとの親和性: 既存のデータ収集・処理パイプラインやBIツールとの連携が容易であること。
複数のOSSやクラウドベースのサービスを比較検討した結果、ClickHouseが上記の要件を最も満たしていると判断し、導入を決定しました。ClickHouseは、OLAP(Online Analytical Processing)ワークロードに特化した設計であり、特に時系列データやログデータ、イベントデータなどの大量データを対象とした集計クエリにおいて圧倒的なパフォーマンスを発揮することが知られています。そのカラムナー構造と独自のアルゴリズムにより、高いデータ圧縮率とクエリ実行速度を実現できる点が最大の魅力でした。
意思決定プロセスにおいては、PoC(概念実証)を実施し、実際のデータを用いて既存DWHとの性能比較を行いました。特にボトルネックとなっていたクエリをClickHouseで実行した結果、商用DWHと比較して数十倍から数百倍の高速化が確認できました。また、OSSであるためライセンスコストがかからない点も、大きなコスト削減要因として評価されました。懸念点としては、新しいOSSであるため運用ノウハウの蓄積が必要であること、日本語の情報が限られていることなどがありましたが、活発なコミュニティや豊富なドキュメント(英語)を活用することで克服可能と判断しました。
具体的な導入・活用
ClickHouse導入プロジェクトは、段階的に進められました。
まず、小規模なクラスター環境を構築し、データ収集パイプラインから一部のデータを並行してClickHouseに取り込むことから開始しました。データ収集・処理にはApache Kafkaや自社開発のETLツールを活用しました。ClickHouseへのデータの投入は、Kafka ConnectやHTTPインターフェース、JDBC/ODBCドライバーなど、様々な方法が利用可能ですが、今回は既存パイプラインとの連携を考慮し、特定のコネクタやバッチロード処理を開発しました。
データモデルについては、ClickHouseのカラムナー構造に最適化するため、既存の正規化されたテーブル構造を見直し、非正規化や集計済みテーブルの活用を積極的に行いました。特に、Mergetreeファミリーのテーブルエンジンを活用し、データのソート順やパーティション設計をクエリパターンに合わせて最適化することで、性能を最大化しました。
その後、検証環境で十分な性能と安定性を確認した上で、本番環境への移行を進めました。既存DWHで利用されていた主要な分析レポートやダッシュボードをClickHouse上のデータソースに切り替え、BIツール(ここではTableauやMetabaseなど複数のツールを利用)からの接続設定を行いました。移行期間中は、両方のDWHを並行稼働させ、データの整合性やクエリ結果の比較検証を慎重に実施しました。
導入によって得られた成果
ClickHouseの導入により、当初想定していたコスト削減と効率化を大きく超える成果を達成することができました。
- 年間数百万円規模のコスト削減: 商用DWHのライセンス費用が不要になったことに加え、ClickHouseの高い圧縮率と効率的なリソース利用により、インフラコストも最適化されました。結果として、年間数百万円規模の直接的なコスト削減を実現しました。
- クエリ実行時間の平均80%短縮: データ分析担当者から最も好評だったのが、クエリ実行時間の劇的な短縮です。特に時間がかかっていた集計クエリや探索的な分析クエリが、数分から数秒で完了するようになり、分析担当者の待ち時間が大幅に削減されました。平均して、既存DWHと比較してクエリ実行時間が80%以上短縮されたことが定量的に確認されています。
- 分析担当者の生産性向上: クエリ実行時間の短縮により、PDCAサイクルが高速化し、より多くの仮説検証や詳細な分析が可能になりました。これにより、データに基づいた意思決定のスピードと質が向上しました。これは定性的な成果であり、ビジネス的なインパクトも大きいと評価されています。
- データ活用の促進: 高速かつ安価な分析基盤が手軽に利用できるようになったことで、これまでコストや性能の制約から難しかったデータ活用が促進されました。新しいデータセットの取り込みや、より詳細な分析への挑戦が増えています。
- 技術部門のスキルアップ: 新しいOSSの導入・運用を通じて、技術部門全体のスキルレベルが向上しました。特に、分散システムやカラムナーデータベースに関する知識、OSSコミュニティとの連携方法などが身につきました。
直面した課題と克服
ClickHouseの導入は成功裏に進みましたが、いくつかの課題にも直面しました。
- 運用ノウハウの蓄積: 特に分散クラスターの構築や安定運用、バックアップ・リカバリ戦略の確立には、初期段階で試行錯誤が必要でした。公式ドキュメントやGitHubリポジトリのIssue、Slackコミュニティなどを積極的に活用し、必要な情報を収集・共有することで、徐々にノウハウを蓄積しました。また、監視ツール(Prometheus, Grafanaなど)を活用して詳細なメトリクスを収集し、問題の早期発見と対応に努めました。
- 日本語情報の少なさ: 当初、日本語のドキュメントや事例が限られていたため、主に英語の情報源に頼る必要がありました。重要なドキュメントやFAQについては、チーム内で翻訳・共有するなどの取り組みを行いました。
- 特定のクエリの最適化: ClickHouseは特定のクエリパターンに強い反面、他のパターンでは期待した性能が出ないこともありました。このような場合は、スキーマ設計の見直し、マテリアライズドビューの活用、クエリの書き換えなど、ClickHouseの特性に合わせたチューニングを行うことで対応しました。
これらの課題は、主に技術部門の努力と、OSSコミュニティのサポートによって克服されました。
まとめと今後の展望
本事例は、オープンソースのClickHouseを活用することで、商用DWHが抱えるコストと性能の課題を同時に解決し、データ分析基盤を刷新した成功事例です。年間コストの削減、クエリ実行時間の劇的な短縮、分析担当者の生産性向上といった定量・定性両面での大きな成果を得ることができました。
この事例から得られる教訓は、既存の商用製品に囚われず、ビジネスのニーズや技術的な特性に最も合致するOSSを選択することの重要性です。特にデータ分析領域においては、ClickHouseのような特化型OSSが、汎用的なデータベースや従来のDWH製品では実現できないパフォーマンスとコスト効率を提供し得ることが示されました。
今後は、ClickHouseの持つリアルタイム分析 capabilityをさらに活用し、ストリームデータに対するニアリアルタイム分析基盤への拡張なども視野に入れています。また、得られた運用ノウハウを組織内で共有し、他のデータ関連プロジェクトにも応用していく計画です。本事例が、同様の課題に直面している他の組織の皆様にとって、OSSを活用した効率化・コスト削減の検討における一助となれば幸いです。