Cephによるデータストレージ集約化で実現した大規模コスト削減と運用効率向上事例
増大するデータとストレージコストへの戦略的な取り組み
近年、ビジネス活動のデジタル化やデータ活用の進展に伴い、企業が扱うデータ量は加速度的に増加しています。これにより、データストレージの容量確保と管理はITインフラにおける重要な課題となっています。特に、既存の商用ストレージソリューションでは、容量増加に伴うコスト負担や運用管理の複雑化が、組織全体のIT投資を圧迫する要因となるケースが少なくありません。
本記事では、大規模なデータストレージの課題に対し、OSSであるCephを導入することで、コスト削減と運用効率化を同時に実現した事例をご紹介します。この事例は、技術部門責任者の方々が、増大するデータストレージへの対応策としてOSSを検討する際の具体的な判断材料となることを目的としています。
導入前の状況:高コストと運用負荷に直面
この組織では、複数の部門やプロジェクトがそれぞれ異なる商用ストレージ製品を導入・運用していました。その結果、以下のような課題に直面していました。
- 高額な初期投資と保守費用: 各製品のライセンス費用やハードウェアコスト、年間の保守費用が高額であり、データ量の増加に比例してコストが増大していました。
- ベンダーロックイン: 特定ベンダー製品に依存しており、ハードウェアリプレースや容量拡張の際に選択肢が限られ、価格交渉力が弱い状況でした。
- 運用管理の複雑化: 製品ごとに管理ツールや運用手順が異なり、ストレージ管理者の負担が増大していました。部門間でのデータ共有や連携も非効率でした。
- 拡張性の限界と俊敏性の欠如: 容量が必要になった際の拡張プロセスに時間がかかり、ビジネスの変化や新しいプロジェクトのニーズに迅速に対応することが難しい状況でした。
これらの課題は、技術部門全体の効率を低下させ、IT予算を圧迫する深刻な問題となっていました。
導入の意思決定とCephの選定
経営層からのコスト削減要求が高まる中、技術部門はストレージインフラの抜本的な見直しに着手しました。様々な選択肢を検討した結果、OSSであるCephが有力候補として浮上しました。Cephを選定した主な理由は以下の通りです。
- 圧倒的なコスト優位性: 標準的な汎用ハードウェア(Commodity Hardware)上で動作するため、特定のベンダーに縛られることなく、ハードウェアコストを大幅に抑制できます。ソフトウェアライセンス費用も不要です。
- 優れたスケーラビリティと柔軟性: 数ペタバイト、エクサバイト級のデータ量にも対応できる設計となっており、必要に応じてノードを追加するだけで容易に容量と性能をスケールアウトできます。オブジェクトストレージ(RADOS GW)、ブロックストレージ(RBD)、ファイルシステム(CephFS)といった多様なインターフェースを提供しており、様々な用途に柔軟に対応可能です。
- 高い信頼性と可用性: データの多重化や自動的なデータ修復機能を備えており、ハードウェア障害発生時でもデータの一貫性と可用性を維持できます。
- 活発なコミュニティとエコシステム: 世界中で利用されており、活発なコミュニティによる情報共有や技術サポートが期待できます。関連ツールやサービスも豊富です。
導入における懸念点としては、Cephの運用には専門的な知識とスキルが必要であること、商用製品のような専任ベンダーによる手厚いサポートがないことが挙げられました。これに対し、組織は以下の対策を講じることを決定しました。
- 社内エンジニアの育成: Cephに関するトレーニングプログラムを実施し、数名の担当者をエキスパートとして育成する計画を立てました。
- 外部コンサルティング/サポートの活用: 難易度の高い問題や緊急時の対応に備え、Cephの専門知識を持つ外部ベンダーとの契約を検討しました。
- 段階的な導入: 最初は非基幹システムや新しいプロジェクトでの利用から開始し、段階的に適用範囲を広げる戦略をとりました。
これらの検討を経て、コスト削減、運用効率向上、そして将来の技術変化への対応力強化という戦略的な判断に基づき、Cephの導入が正式に決定されました。
具体的な導入・活用:集約基盤としての構築
Ceph導入プロジェクトでは、まずストレージインフラ全体の集約を目指しました。物理サーバー上に数百TB規模のCephクラスターを構築し、段階的に既存システムのデータを移行しました。
- アーキテクチャ設計: データレプリケーションによる高可用性構成を採用し、オブジェクトストレージ(S3互換)とブロックストレージ(iSCSIターゲット)として利用できるように設計しました。これにより、ファイルサーバー用途や仮想化環境のストレージとして活用できる基盤を構築しました。
- データ移行: 各所に分散していた既存ストレージのデータを、ネットワーク経由で新しいCephクラスターに移行しました。データ量が多く複雑なデータ構造を持つシステムについては、一時的な並行運用期間を設けるなど、リスクを最小限に抑える移行計画を実行しました。
- 運用ツールの活用: Ceph DashboardなどのGUIツールを活用し、クラスターの状態監視、容量管理、パフォーマンスモニタリングを集中的に行えるようにしました。また、Ansibleなどの自動化ツールと連携し、ノード追加やO OSD(Object Storage Daemon)交換といった定型作業の自動化を推進しました。
技術的な詳細は割愛しますが、設計においてはデータの配置戦略(CRUSH Map)の最適化や、ハードウェアに応じたパフォーマンスチューニングに特に注力しました。これにより、単なる容量確保だけでなく、アプリケーションが必要とするI/O性能を確保できる基盤を目指しました。
導入によって得られた成果
Cephの導入は、当初の期待を上回る様々な成果をもたらしました。
- 大幅なコスト削減: 既存の商用ストレージと比較して、ハードウェアコストと運用保守コストを合わせて年間約40%の削減を達成しました。特定のベンダー製品に依存しなくなったことで、ハードウェア購入の際の競争原理が働き、価格交渉力も向上しました。TCO(Total Cost of Ownership)で見ると、今後5年間で数億円規模の削減が見込まれています。
- 運用効率の劇的な向上: 複数のストレージシステムをCephクラスターに集約したことで、管理ポイントが一本化されました。容量拡張はノードを追加するだけで自動的にリバランシングが行われるようになり、従来の拡張作業と比較して作業工数が約80%削減されました。障害発生時のデータ復旧プロセスも自動化・簡素化され、管理者の負担が大幅に軽減されました。
- スケーラビリティと俊敏性の向上: データ量の増加に対して、数時間で新しいストレージ容量を追加できるようになりました。これにより、新しいプロジェクトやサービス開発の際に、ストレージの準備待ちによるボトルネックが解消され、ビジネスの変化に迅速に対応できる体制が整いました。
- データ活用の促進: オブジェクトストレージとしてS3互換インターフェースを提供したことで、データ分析基盤や機械学習プラットフォームからのデータアクセスが容易になり、社内でのデータ活用が促進されました。
これらの成果は、IT部門のコスト効率を高めただけでなく、ビジネス部門からの信頼獲得や、新しいサービス開発への貢献という形で、組織全体の競争力向上に寄与しています。
直面した課題と克服
導入・運用プロセスにおいては、いくつかの課題にも直面しました。
- 技術的な習熟: Cephは概念やアーキテクチャが複雑であり、社内エンジニアが運用スキルを習得するのに時間を要しました。これに対しては、外部の専門家を招聘した集中的なオンサイトトレーニングを実施し、実践的な知識習得に力を入れました。また、定期的な社内勉強会を開催し、情報共有とナレッジの蓄積を進めました。
- 既存データ移行の複雑性: 多様な形式で保存されていた既存データの移行は、予想以上に複雑でした。特に、移行中のサービス停止時間を最小限に抑える計画策定と実行には困難が伴いました。この課題に対しては、システムごとに最適な移行ツールや手順を慎重に検討し、テストを繰り返し行うことでリスクを低減しました。また、ビジネス部門と密に連携し、サービス停止が許容される時間帯での作業を徹底しました。
- 障害発生時の対応: 運用開始初期に一部ハードウェア障害が発生した際、原因特定と復旧対応に時間を要しました。商用製品のような手厚いサポートがない状況下では、自社の技術力で解決する必要があります。この経験を踏まえ、監視体制を強化し、主要コンポーネントのログ収集・分析基盤を整備しました。また、外部のCephサポートベンダーと契約し、緊急時のエスカレーション体制を構築しました。
これらの課題を克服する過程で、社内の技術力は大きく向上し、CephというOSSを自律的に運用していくための体制が確立されました。
まとめと今後の展望
この事例は、OSSであるCephが、大規模データストレージにおける高コストと運用負荷という喫緊の課題に対し、非常に有効な解決策となり得ることを示しています。汎用ハードウェアの活用によるコスト削減、高いスケーラビリティと柔軟性、運用効率の向上は、特にデータ量が継続的に増加する現代の企業にとって大きなメリットとなります。
OSSの導入には、技術的な習熟やサポート体制の構築といった独自の課題が存在しますが、本事例のように、計画的な人材育成や外部リソースの活用、段階的な導入といった対策を講じることで、これらの課題を克服し、大きな成果を得ることが可能です。
今後、この組織ではCephクラスターのさらなる拡張を進めるとともに、AI/MLワークロード向けのデータレイク基盤としての活用や、コンテナ環境における永続ストレージ(Persistent Storage)としての利用など、適用範囲を拡大していく計画です。
技術部門責任者として、増大するデータストレージへの戦略を検討されているならば、CephをはじめとするOSSストレージソリューションは、コスト削減と効率化を実現する強力な選択肢となり得ます。自社の課題とリソースを慎重に評価し、最適なOSS活用戦略を立案されることを推奨いたします。