Argo Workflows/Events活用事例:クラウドネイティブなワークフロー自動化で実現した運用効率化とコスト削減
はじめに:複雑化するシステム運用とワークフローの課題
現代のシステム環境は、マイクロサービス化、クラウド利用の拡大、データ処理の多様化などにより、かつてないほど複雑になっています。これに伴い、システムを構成する様々なタスクの実行や連携、あるいは外部からのイベントに反応する処理(ワークフロー)の管理が、運用効率やコストに大きな影響を与えるようになっています。
従来のシステムでは、バッチ処理はCronとシェルスクリプト、定期レポート作成は特定のツール、データ処理パイプラインは別の専用ツール、といったように、目的別に様々なツールや仕組みが乱立しがちでした。これらのワークフローは、それぞれに監視やエラーハンドリングの仕組みが必要であり、全体像の把握や変更管理、障害発生時の原因特定が困難になるという課題を抱えていました。結果として、運用担当者の負荷が増大し、隠れたコストの増加を招いていました。
このような背景の中、あるエンタープライズ企業では、クラウドネイティブ環境への移行を進める中で、散在するワークフロー管理の集約と効率化が喫緊の課題となっていました。本記事では、この企業がどのようにOSSであるArgo WorkflowsおよびArgo Eventsを活用し、ワークフロー管理の効率化と運用コスト削減を実現したのか、その具体的な事例をご紹介します。
導入前の状況:属人化されたワークフローと増大する運用コスト
事例の企業では、各事業部門や開発チームがそれぞれ独自のスクリプトやバッチ処理ツール、SaaSを利用して多様なワークフローを実行していました。これには以下のような課題がありました。
- 運用負荷の増大: 個別のワークフローごとに監視やエラー対応が必要であり、運用担当者がそれぞれのツールやスクリプトの挙動を理解する必要がありました。新しいワークフローの構築や変更にも時間がかかり、運用工数が慢性的にひっ迫していました。
- コストの不透明性: 一部のワークフローは商用SaaS上で実行されており、実行回数やデータ量に応じたコストが発生していました。また、自社で構築したバッチサーバーも、常に一定のリソースを確保する必要があり、ピーク時に合わせたサイジングによる無駄が発生していました。最も大きなコストは、ワークフローの管理・監視・障害対応にかかる人件費でした。
- 可視性と統制の欠如: ワークフローの定義や実行状況がツールごとに分散しており、システム全体のワークフローの状態を俯瞰することが困難でした。特定のワークフローの実行失敗が他のシステムにどのような影響を与えるかなどが把握しづらく、インシデント発生時の対応を遅らせる要因となっていました。
- 属人化: 特定の担当者しかワークフローの仕組みや運用方法を理解していないケースが多く、担当者の異動や退職がリスクとなっていました。
これらの課題は、ビジネスの成長に伴って実行されるワークフローの数が増加するにつれて、より深刻になっていました。技術部門責任者としては、これらの課題を解決し、運用効率を向上させつつ、コストを最適化することが求められていました。
導入の意思決定と選定:Kubernetesネイティブなワークフローエンジンへ
この企業がワークフロー管理基盤の刷新を検討するにあたり、重視したのは以下の点でした。
- クラウドネイティブ環境との親和性: 既存のKubernetesクラスター上で動作し、そのスケーラビリティや回復性を活用できること。
- 汎用性: バッチ処理だけでなく、イベント駆動処理や複雑なタスク連携も柔軟に定義できること。
- 運用・管理の容易さ: ワークフローの定義、実行、監視、エラーハンドリングが一元的に行えること。
- コスト効率: 商用製品に依存せず、インフラコストを最適化できること。
- OSSであること: 透明性が高く、特定のベンダーにロックインされないこと。コミュニティによるサポートや開発の活発さも考慮されました。
複数のOSSおよび商用製品を比較検討した結果、KubernetesネイティブなワークフローエンジンであるArgo Workflowsと、イベント駆動型の自動化を可能にするArgo Eventsがこれらの要件を満たすと判断されました。特に、Kubernetesのカスタムリソースとしてワークフローを定義できる点、コンテナとして任意のタスクを実行できる柔軟性、豊富な外部トリガーに対応するArgo Eventsの機能が評価されました。
導入における懸念点としては、社内にArgoの運用ノウハウが少ないこと、YAMLベースのワークフロー定義の学習コストなどが挙げられました。これに対しては、まずは小規模なワークフローから導入を開始し、社内エンジニア向けのトレーニングを実施するとともに、必要に応じて外部の技術サポートを活用する方針を立てました。
具体的な導入・活用:標準化されたワークフロー定義とイベント駆動処理
Argo WorkflowsとArgo Eventsは、既存のKubernetesクラスター上に迅速にデプロイされました。導入初期段階では、手動で実行されていた定期的なデータ集計バッチや、簡単なレポート作成処理をArgo Workflowsに移行することから始めました。
ワークフローはYAMLファイルとして定義され、Gitリポジトリで管理されました (GitOpsの考え方)。各タスクはDockerコンテナとして実行されるように設計されたため、特定の言語やフレームワークに依存することなく、既存のスクリプトやツールを容易にワークフローに組み込むことができました。
具体的な活用例としては、以下のようなものがあります。
- 定期バッチ処理の集約: 従来Cronや様々なスケジューラで実行されていたデータクレンジング、集計、連携バッチ処理などをArgo Workflowsで一元管理。Cronスケジュールでの実行や、依存関係のある複数のタスクを順次または並列実行するワークフローを定義しました。
- イベント駆動処理の自動化: Argo Eventsを活用し、S3バケットへのファイルアップロード、特定のAPIエンドポイントへのリクエスト、メッセージキューへのメッセージ到着などをトリガーとして、後続のデータ処理ワークフローを自動的に開始する仕組みを構築しました。これにより、リアルタイムに近いデータ処理が可能となりました。
- CI/CDパイプラインの一部自動化: GitLab CI/CDと連携し、特定のコード変更やタグ付けをトリガーとして、Argo Workflowsで定義された複雑なデプロイ前検証ワークフロー(例: パフォーマンステスト、セキュリティスキャン)を実行するようにしました。
- 障害対応・運用タスクの自動化: 特定の監視アラートをトリガーとして、関連システムのログ収集や状態確認といった初動対応ワークフローを自動実行することで、担当者の負担軽減と対応速度向上を図りました。
アーキテクチャとしては、Kubernetesクラスター上にArgo WorkflowsコントローラーとArgo Eventsコントローラー(EventBusやEventSourceを含む)をデプロイし、Kubernetes APIを通じてワークフローの定義と実行管理を行いました。MinIO (OSSオブジェクトストレージ) をArtifact Repositoryとして活用し、ワークフローの中間データやログを永続化しました。
導入によって得られた成果:大幅な運用工数削減とコスト最適化
Argo Workflows/Eventsの導入によって、この企業は期待以上の成果を達成しました。
定量的な成果
- 運用工数削減: ワークフロー管理・監視・デバッグにかかる運用担当者の工数が、約40%削減されました。これは、ワークフローの定義が標準化され、実行状況やログがArgo WorkflowsのUIを通じて容易に確認できるようになったこと、エラーハンドリングやリトライ処理をワークフロー内で定義できるようになったこと、自動復旧ワークフローを構築したことなどによります。
- インフラコスト最適化: バッチ処理を実行するための専用サーバー群が不要になり、Kubernetesクラスターのリソースを柔軟に活用できるようになったことで、関連するインフラコストを約25%削減しました。ワークフロー実行時のみリソースが確保されるため、アイドル状態のコストが削減されました。
- 商用ツールコスト削減: 一部のワークフローで利用していた商用SaaSツールからの移行により、年間数百万円規模のライセンス・利用料コストを削減しました。
定性的な成果
- 開発効率向上: ワークフローの定義がYAMLファイルとしてコード化・バージョン管理されるようになり、開発チーム自身が容易にワークフローを作成・変更できるようになりました。新しいワークフローの開発リードタイムが大幅に短縮されました。
- 運用品質向上: ワークフローの実行履歴やログが集中管理され、可視性が向上しました。エラー発生時の原因特定が迅速になり、システム全体の安定性が向上しました。
- 属人化の解消: 標準化されたワークフロー定義とドキュメント整備により、特定の担当者に依存することなく、複数のエンジニアがワークフローの管理・運用にあたれるようになりました。
- ビジネス変化への迅速な対応: 新しいデータ処理要件やイベントへの対応が必要になった場合、Argo EventsとArgo Workflowsを組み合わせることで、迅速に新しいワークフローを構築・デプロイできるようになり、ビジネスのアジリティが向上しました。
直面した課題と克服:学習コストと運用の成熟度向上
導入初期には、Kubernetesのカスタムリソースとしてのワークフロー定義に慣れるための学習コストがありました。また、複雑なワークフローのデバッグには時間を要するケースも見られました。
これらの課題に対しては、以下のような対策を実施しました。
- ドキュメントとトレーニング: 社内向けにArgo Workflows/Eventsの基本的な使い方、ワークフロー定義のベストプラクティスに関するドキュメントを整備し、定期的な勉強会を実施しました。
- テンプレートとライブラリ: よく利用するタスクやワークフローパターンをテンプレート化し、再利用可能なライブラリとして共有しました。これにより、ゼロから定義する手間を省き、定義の標準化も進めました。
- 監視とアラートの強化: Argo Workflows/Eventsが出力するメトリクスをPrometheusで収集し、Grafanaで可視化しました。ワークフローの成功・失敗や実行時間に関するアラートをDatadogなどの監視ツールに連携することで、異常発生時の早期検知体制を構築しました。
- コミュニティとサポートの活用: OSSコミュニティの情報を積極的に収集し、必要に応じて外部のOSSサポート企業に相談できる体制を整えました。
これらの取り組みにより、徐々に社内のArgo活用レベルが向上し、より複雑でミッションクリティカルなワークフローにも適用範囲を拡大できるようになりました。
まとめと今後の展望:ワークフロー自動化のさらなる深化へ
本事例は、OSSであるArgo WorkflowsとArgo Eventsを活用することで、複雑化するシステム環境におけるワークフロー管理の課題を解決し、大幅な運用効率化とコスト削減を実現できることを示しています。Kubernetesネイティブであることの強みを活かし、柔軟性、スケーラビリティ、そしてコスト効率を両立させることが可能となりました。
この事例から得られる教訓としては、以下の点が挙げられます。
- 単なるタスク実行だけでなく、イベント駆動も含めたワークフロー全体の自動化・集約が、運用効率とコスト最適化に大きく貢献する。
- クラウドネイティブ環境においては、Kubernetesとの親和性が高いOSSを選択することが、導入・運用効率を高める上で重要である。
- OSS導入には学習コストが伴うが、適切な教育、ドキュメント整備、テンプレート化、そしてコミュニティ/外部サポートの活用により、これを克服し、組織全体のスキルアップに繋げることができる。
この企業では、今後さらに機械学習パイプラインの自動化や、事業部門のより複雑なビジネスプロセス自動化にもArgo Workflows/Eventsの適用範囲を広げていくことを検討しています。ワークフロー自動化は、IT部門だけでなく、ビジネス部門全体の効率化にも寄与する可能性を秘めています。技術部門責任者として、自社のワークフロー管理の現状を見直し、OSS活用による効率化・コスト削減の可能性を検討する価値は大きいと言えるでしょう。