マイクロサービス基盤におけるKong Gateway活用によるAPI管理の効率化とコスト削減事例
はじめに
現代の多くの組織において、システムはモノリシックな構造からマイクロサービスアーキテクチャへと移行しています。これにより、開発の迅速化やスケーラビリティの向上といったメリットが享受できる一方で、サービス間の連携や外部からのアクセス管理といったAPI管理が複雑化するという課題が顕在化しています。個々のサービスに認証、認可、レート制限、ロギングといった共通機能を実装することは、開発および運用における非効率性やコスト増加を招きがちです。
本記事では、このような課題に対し、OSSのAPI GatewayであるKong Gatewayを導入することで、API管理の一元化を実現し、結果として開発・運用効率の大幅な向上とコスト削減を達成した具体的な事例をご紹介します。
導入前の状況:マイクロサービス化の進展とAPI管理の課題
当社のシステムは、ビジネス要件の多様化と変化への対応力を高めるため、数年前から段階的にマイクロサービス化を進めてまいりました。当初は少数のサービスであったため、各サービスが個別にAPIエンドポイントを提供し、簡単なリバースプロキシやロードバランサーで外部からのアクセスを制御していました。
しかし、サービスの数が増加し、連携が複雑化するにつれて、以下のような課題が深刻化しました。
- 共通機能の重複実装: 認証、認可、APIキー管理、レート制限、ロギングといった機能が、各マイクロサービスに分散して実装されることによる開発工数の増大と品質のばらつき。
- 運用管理の複雑化: 各サービスのAPIエンドポイントが多数存在し、それらの監視、セキュリティポリシーの適用、バージョン管理などが個別に行われることによる運用負荷の増大。
- セキュリティリスク: 共通機能の実装漏れや設定ミスによるセキュリティ脆弱性の発生リスク。
- 可視性の欠如: API全体の利用状況やパフォーマンスに関する横断的な情報収集の困難さ。
- コスト増加: 商用API管理製品の検討も行いましたが、サービスの増加に伴うライセンスコストの増大が見込まれました。
これらの課題は、開発チームのリソースをコアビジネスロジックの実装から引き離し、運用チームの疲弊を招いており、組織全体の生産性低下とコスト増加の要因となっていました。
導入の意思決定とOSS選定
このような状況を改善するため、当社はAPI管理を集約し、開発・運用プロセスを効率化することを戦略的な目標としました。API Gatewayの導入は、この目標達成のための有力な選択肢として浮上しました。
API Gateway製品の選定にあたっては、商用製品とOSSの両面から検討を行いました。商用製品は充実したサポートやGUIを備えている一方で、高額なライセンス費用がネックとなりました。特に、マイクロサービスの増加に合わせて柔軟にスケールさせる際のコスト増加は無視できませんでした。
対照的に、OSSのAPI Gatewayはライセンス費用が抑えられるだけでなく、技術的な透明性が高く、社内でのカスタマイズや拡張が比較的容易であるというメリットがありました。当社の技術部門にはOSSへの深い理解を持つメンバーが多く、積極的にOSSを活用することで技術力を向上させ、運用コストを最適化したいという意向もありました。
複数のOSS API Gatewayを比較検討した結果、当社はKong Gatewayの採用を決定しました。その主な理由は以下の通りです。
- マイクロサービスとの親和性: マイクロサービスアーキテクチャを前提とした設計思想。
- 豊富なプラグインエコシステム: 認証、セキュリティ、トラフィック制御、モニタリングなど、多岐にわたる機能を提供する豊富なプラグインが利用可能であること。
- 高いパフォーマンスとスケーラビリティ: Nginxベースの高い処理能力と、コンテナ環境でのスケールアウトの容易さ。
- 活発なコミュニティとドキュメント: 豊富な情報と、問題解決のためのコミュニティサポートが期待できること。
- Kubernetesとの連携: Kubernetes Ingress Controllerとしても利用可能であるなど、クラウドネイティブ環境との親和性の高さ。
導入における懸念点としては、商用製品のようなベンダーサポートがないことや、社内での運用ノウハウの蓄積が必要になる点が挙げられました。これに対し、社内勉強会の実施や、必要に応じてOSSサポートを提供する外部企業との連携を検討することで、リスクを軽減する方針としました。
具体的な導入・活用プロセス
Kong Gatewayの導入は、まず開発・ステージング環境でPoC(概念実証)を実施することから開始しました。少数のマイクロサービスAPIをKong経由で公開し、認証、レート制限、ロギングといった基本機能の動作確認とパフォーマンス評価を行いました。
PoCの成功後、本番環境への導入を段階的に進めました。既存のマイクロサービスAPIについて、外部公開用のエンドポイントをKong経由に切り替え、認証・認可やレート制限などの共通機能をKongのプラグインとして設定しました。新たなマイクロサービス開発時には、API Gateway経由での公開を前提とした設計を標準としました。
アーキテクチャとしては、Kubernetesクラスター上にKong Gatewayをデプロイし、サービスディスカバリにはKubernetesのService機能やDNSを利用しました。Kongの設定は、Declarative ConfigurationやGitOpsの手法を取り入れ、バージョン管理と自動デプロイを組み合わせることで、運用管理の効率化を図りました。また、Kongが集約するAPIログは、既存のログ分析基盤(Elasticsearchなど)に連携させることで、API全体の可視性を高めました。
導入によって得られた成果
Kong Gatewayの導入により、当初想定していた以上の効率化とコスト削減効果が得られました。
コスト削減
- 商用ライセンスコストの削減: 高額な商用API管理製品の導入を回避できたことにより、年間数百万~数千万円規模のライセンス費用を削減しました。
- 開発工数の削減: 各マイクロサービスで個別に実装していた認証、認可、レート制限などの共通機能開発が不要となり、開発チームのリソースをビジネスロジックの実装に集中させることが可能になりました。これにより、機能開発のリードタイム短縮に貢献し、人件費換算で年間〇〇%程度のコスト削減効果が見込まれています(具体的な数字はプロジェクト規模によるため割愛しますが、無視できない規模です)。
- インフラコストの最適化: シンプルな構成と効率的なリソース利用により、全体のインフラコスト増加を抑制できました。
効率化
- 開発効率の向上: 開発者は共通機能を意識することなく、自身のサービスのAPI設計と実装に集中できるようになりました。API公開までのプロセスも標準化され、開発期間が平均で〇〇%短縮されました。
- 運用効率の向上: API管理が一元化されたことにより、監視、セキュリティポリシーの適用、トラブルシューティングが大幅に効率化されました。API全体のトラフィック状況やエラーレートを一元的に把握できるようになったことで、問題の早期発見と対応が可能になりました。運用工数は導入前に比べ約〇〇%削減されました。
- セキュリティ体制の強化: セキュリティポリシー(例: WAF、認証方法)をAPI Gatewayで一元的に適用できるようになったため、セキュリティレベルを均一に保ちやすくなりました。
定性的成果
- 技術組織の成熟度向上: OSSを戦略的に活用し、社内で運用ノウハウを蓄積することで、技術組織全体のスキルアップにつながりました。
- ビジネス変化への対応力向上: 新規APIの公開や既存APIの変更が迅速に行えるようになったことで、ビジネス要求への対応力が向上しました。
- APIエコシステムの活性化: APIの利用状況が可視化されたことで、社内外でのAPI活用促進に向けたデータに基づいた検討が可能になりました。
直面した課題と克服
Kong Gatewayの導入・運用において、いくつかの課題に直面しましたが、これらを克服することで成果を最大化できました。
- 学習コスト: Kong Gatewayとそのプラグインに関する知識、およびKubernetesとの連携方法について、初期の学習コストが必要でした。→ 解決策:公式ドキュメントの精読、社内での勉強会実施、PoC環境での試行錯誤を重ねました。
- 特定プラグインの挙動: 標準プラグインの一部で、特定のユースケースにおける挙動が想定と異なる場合がありました。→ 解決策:ソースコードを調査し、コミュニティフォーラムやGitHub Issuesで情報を収集・共有しました。必要に応じて、独自のカスタムプラグイン開発も検討しました。
- 既存サービスからの移行: 既存のマイクロサービスAPIをKong Gateway経由に切り替える際、サービスごとの特性に合わせた移行計画が必要でした。→ 解決策:サービス影響度を考慮し、トラフィックの少ないAPIから段階的に移行を進め、A/Bテストやカナリアリリースなどの手法を組み合わせました。
まとめと今後の展望
本事例は、OSSであるKong Gatewayを戦略的に導入することで、マイクロサービス環境におけるAPI管理の複雑性という課題を解決し、開発・運用効率の大幅な向上とコスト削減という具体的な成果を達成したものです。単なるコスト削減だけでなく、技術組織の成熟度向上やビジネス変化への対応力強化といった定性的な成果も得られました。
この事例から得られる教訓は、OSSは商用製品の単なる安価な代替品ではなく、適切な選定と戦略的な活用によって、技術的優位性を確立し、ビジネス成果に直結する価値を創出できるということです。
今後の展望としては、API管理のさらなる高度化を目指し、Kong Gatewayとサービスメッシュ(例: Istio)との連携によるきめ細やかなトラフィック制御や、AIを活用したAPI利用状況の自動分析などにも取り組んでいく計画です。
他の組織におかれても、マイクロサービス化に伴うAPI管理の課題に直面している場合、OSS API GatewayであるKong Gatewayの導入は、効果的な解決策となりうることを示唆しています。導入にあたっては、自社の技術スタック、組織文化、必要な機能要件などを十分に検討し、段階的なアプローチで進めることを推奨いたします。