Apache Supersetによるデータ分析基盤構築で実現したBIライセンスコスト削減と意思決定効率化事例
導入部:高コストな商用BIツールとデータ活用の壁
多くの企業において、データに基づいた迅速かつ正確な意思決定は競争優位性を確立する上で不可欠となっています。しかし、高度なデータ分析や可視化を実現するための商用BI(ビジネスインテリジェンス)ツールは、高額なライセンス費用が継続的に発生し、利用ユーザー数や機能に制限がかかるケースが少なくありませんでした。
本記事で紹介する企業も、同様の課題を抱えていました。特定の部門や役職者にのみBIツールのライセンスが付与され、現場レベルでのデータ活用が進んでいない状況でした。また、高コストのためツールを容易にスケールさせることができず、新たなデータソースへの対応やダッシュボード作成に時間がかかり、ビジネスの変化に迅速に対応できていませんでした。
このような背景から、同社はデータ活用の裾野を広げつつ、ITコスト全体の削減を目指す戦略を立案。その手段として、OSSを活用したデータ分析基盤の構築を検討することになりました。
導入前の状況:高額ライセンスと限定的なデータ活用
OSS導入前の状況を詳しく見てみましょう。同社では、数種類の商用BIツールが部門ごとに導入されており、それぞれがサイロ化された状態で運用されていました。
- コスト構造: 年間数百万円に及ぶライセンス費用が発生しており、ユーザー数の増加や利用範囲の拡大がコスト増に直結していました。
- 利用状況: ライセンス契約形態により、利用できるユーザー数が限定されていました。このため、データ分析が必要な多くの現場担当者は、BIツールを利用できず、IT部門やデータ分析専門チームに依頼するか、Excelなどでの手作業によるデータ集計・分析に頼っていました。
- 運用負荷: データソース接続の追加、ユーザー管理、パッチ適用などの運用作業に多くの工数がかかっていました。また、異なるBIツール間の連携や共通基盤としての活用は困難でした。
- データ活用レベル: 一部の専門家や管理職によるレポート作成に留まり、組織全体でのデータに基づいた意思決定文化は根付いていませんでした。
これらの課題から、同社は「データ活用の民主化」と「ITコスト最適化」を両立させる新たなアプローチを模索する必要に迫られていました。
導入の意思決定とApache Supersetの選定
同社がOSSによるデータ分析基盤構築の検討を開始した主な理由は、前述の商用BIツールのコストと柔軟性の問題でした。全社的にデータ活用を推進するためには、多くのユーザーが手軽に利用できる環境が必要であり、それを低コストで実現する手段としてOSSに注目しました。
OSS BIツールにはいくつかの候補がありましたが、最終的にApache Supersetを選定した理由は以下の通りです。
- 機能性: 多様なグラフ・チャートの種類(豊富なViz機能)を備え、複雑なデータの可視化要求に応えられる点。商用BIツールに匹敵する表現力を持つと判断しました。
- 接続性: 主要なデータベースやデータウェアハウスに幅広く対応している点。既存のデータ資産を容易に活用できると評価しました。
- 操作性: WebブラウザベースのGUIで直感的な操作が可能であり、SQLの知識があれば誰でもダッシュボード作成に挑戦できる点。これにより、IT部門だけでなく現場部門での利用拡大を見込みました。
- スケーラビリティ: 大規模データや多数の同時接続ユーザーにも対応できるアーキテクチャを備えている点。将来的な利用拡大にも耐えうると判断しました。
- コミュニティとエコシステム: Apacheプロジェクトとして活発に開発が進められており、情報源や事例が豊富に存在する点。長期的な利用における安心感がありました。
- 権限管理: ユーザーやロールに基づいた詳細なデータアクセス権限設定が可能であり、セキュリティ要件を満たせる点。
意思決定プロセスにおいては、技術部門が中心となり、ビジネス部門や経営企画部門と連携しながら進められました。PoC(概念実証)を実施し、主要なデータソースへの接続、実際の業務データの可視化を行い、機能やパフォーマンス、運用負荷を評価しました。このPoCの結果、Apache Supersetが同社の要件を満たし、かつコストメリットが大きいことが明確になったため、全社導入が決定されました。
導入における懸念点としては、OSSの運用ノウハウの不足、サポート体制、そして既存の商用BIツールからの移行に伴うユーザーの習熟度などが挙げられました。これらに対しては、外部のOSSサポートベンダーの活用検討、社内エンジニアへの教育投資、ユーザー向けトレーニングプログラムの計画といった対策を講じました。
具体的な導入・活用:スモールスタートから全社展開へ
Apache Supersetの導入は、スモールスタートから段階的に進められました。まず、特定のデータ活用ニーズが高い部門を対象に、パイロット導入を実施しました。
アーキテクチャ概要:
- デプロイ環境: 安定性とスケーラビリティを考慮し、Kubernetesクラスター上にコンテナとしてデプロイしました。これにより、リソースの動的な管理や容易なスケールアウトを実現しました。
- データソース: 既存のデータウェアハウス(クラウド上のマネージドサービス)や、業務システムが利用するリレーショナルデータベースに対して、専用ユーザーを発行して接続設定を行いました。
- 認証・認可: 社内既存の認証基盤(LDAPやSAML対応のOSS)と連携し、シングルサインオン(SSO)を実現しました。ユーザーのロールに応じたデータソースやダッシュボードへのアクセス権限は、Supersetの機能を利用して詳細に設定しました。
導入プロセス:
- 基盤構築: Kubernetes上へのSuperset環境構築、データソースへの接続設定、認証基盤連携。
- パイロット導入: 特定部門向けに、既存レポートのSupersetでの再現、新たなダッシュボード作成支援を実施。ユーザーからのフィードバックを収集。
- 全社展開: パイロット導入での知見を元に、ユーザー向けガイドライン作成、社内説明会・勉強会開催。段階的に対象部門を拡大し、利用ユーザーを増やしていきました。
- 運用体制構築: 専任の運用チームを設置し、日々の監視、トラブルシューティング、バージョンアップ対応を実施。また、データ分析に関するヘルプデスク機能も整備しました。
単にツールを提供するだけでなく、ユーザーが実際に使いこなせるように、サンプルダッシュボードの提供や、データモデリングの支援、パフォーマンスに関するアドバイスなども積極的に行いました。
導入によって得られた成果:コスト削減とデータ活用文化の醸成
Apache Supersetの導入は、同社に明確な成果をもたらしました。
- コスト削減: 最も顕著な成果は、商用BIツールのライセンス費用の大幅削減です。特定の部門で利用していた高額なライセンスを解約し、全社展開に必要な最小限の費用(インフラ費用、運用人件費、必要に応じた外部サポート費用)に抑えることで、年間約60%のBIツール関連コスト削減を達成しました。(※具体的な金額はケースバイケースですが、ここでは割合として例示)
- 運用効率化: 商用ツールごとの個別運用から、Supersetを中心とした単一基盤の運用に集約したことで、運用管理の複雑さが軽減され、パッチ適用やユーザー管理の効率が向上しました。データソース追加の手順も標準化されました。
- データ活用の拡大: ライセンス数の制約がなくなったことで、データ分析に関心のある多くの従業員が自由にSupersetを利用できるようになりました。これにより、以前はデータにアクセスできなかった現場部門が、自らデータを確認し、日々の業務改善や意思決定に役立てる機会が増加しました。Supersetの利用ユーザー数は、商用BIツールの利用ユーザー数の約5倍に増加しました。
- 意思決定スピードの向上: 必要なデータに容易にアクセスし、リアルタイムに近い形で状況を把握できるダッシュボードが増えたことで、会議における議論がデータに基づいたものになり、意思決定のスピードと精度が向上しました。
- データリテラシー向上: 多くの従業員がデータ分析ツールに触れる機会を得たことで、データに対する関心が高まり、組織全体のデータリテラシー向上に貢献しました。
直面した課題と克服:技術・組織両面からのアプローチ
導入・運用過程で直面した課題は複数ありましたが、それぞれに対して対策を講じ、克服しました。
- 技術的な課題:
- 複雑なクエリのパフォーマンス問題: リレーショナルデータベースに対して直接複雑な集計や結合を行う場合に、Superset側の応答が遅延することがありました。これに対しては、データウェアハウス側でのマテリアライズドビューの活用や、Supersetから発行されるSQLクエリの最適化、データソース側のインデックス設計見直しなどで対応しました。
- 日本語表示や地域設定: 一部のOSSで発生しがちな、日本語のソート順や日付形式などの地域設定に関する問題が発生しました。Supersetの多言語対応機能や設定ファイルを調整することで対応しました。
- 大規模ユーザー・データへの対応: 利用ユーザーやデータ量の増加に伴い、サーバーリソースの不足やデータベースへの負荷集中が発生しました。Kubernetes上でのリソース増強、データベースのスケールアップ/アウト、Supersetのワーカープロセスの調整などで対応しました。
- 組織・人的課題:
- OSS運用ノウハウの蓄積: 商用製品の運用経験は豊富でも、特定のOSS(SupersetやKubernetes)の運用ノウハウは不足していました。外部のトレーニングを受講したり、コミュニティの情報を活用したり、トラブルシューティングを通じて経験を蓄積しました。必要に応じてOSSサポートベンダーへの問い合わせも活用しました。
- ユーザーへの教育と浸透: 商用BIツールやExcelに慣れたユーザーに対し、新しいツールであるSupersetの使い方を習得してもらう必要がありました。基本的な操作を説明する社内研修やオンラインマニュアルを提供し、データ分析に関するヘルプデスクを設けて個別の質問に対応しました。また、データ活用の成功事例を社内で共有し、利用を促進しました。
- 組織文化の変革: 一部の部署にデータが閉じ込められている状況から、全社でデータを共有し活用する文化へ変えていくことが大きな課題でした。これはツール導入だけでは達成できないため、経営層からのメッセージ発信、データ活用を推進する部署横断チームの発足、データに基づいた意思決定を推奨する人事評価への反映なども視野に入れて取り組みました。
まとめと今後の展望:OSSによるデータ活用の可能性
本事例は、高額な商用BIツールに依存していた状況から、OSSであるApache Supersetを活用してデータ分析基盤を構築し、コスト削減とデータ活用の拡大を同時に実現した成功事例と言えます。技術部門が主導しつつも、ビジネス部門と連携してデータ活用の目的を明確にし、段階的な導入と手厚いユーザーサポートを行ったことが成功の鍵となりました。
この事例から得られる教訓として、OSS選定においては単なる機能比較だけでなく、コミュニティの活発さやスケーラビリティ、既存システムとの連携容易性といった非機能要件も重要であること、そしてツール導入だけでなく、それを使いこなすための組織的な支援や文化醸成が不可欠であることが挙げられます。
今後の展望としては、Supersetで可視化されたデータと機械学習モデルを連携させ、より高度な予測分析や異常検知に活用すること、また、データガバナンス機能を強化し、より信頼性の高いデータ活用を目指すことなどが考えられます。OSSエコシステムは常に進化しており、Apache Supersetのようなツールを活用することで、データに基づいた俊敏な経営を実現するための可能性はさらに広がっていくでしょう。