Apache Hudi活用事例:データレイクハウスにおけるデータ更新処理の効率化と分析コスト最適化
はじめに:データレイクハウスとデータ更新の課題
現代のデータ活用戦略において、データレイクハウスは重要な役割を果たしています。ペタバイト級のデータを様々な形式で蓄積し、BIツールから機械学習、ETL処理まで、幅広いワークロードに対応可能な基盤として期待されています。しかし、データレイク上に蓄積されたデータの鮮度を維持し、効率的に更新・削除を行うことは、多くの組織にとって共通の課題でした。特に、頻繁に発生するデータのUPDATEやDELETE処理は、ファイルベースのデータレイクでは非効率であり、既存のバッチ処理に大きく依存することで、処理時間の増大、コンピューティングリソースの浪費、そして運用コストの増加を招いていました。
本記事では、このようなデータレイクにおけるデータ更新の課題に対し、OSSであるApache Hudi(Hoodie)を導入することで、いかに効率化とコスト削減を実現したか、その具体的な事例をご紹介します。
導入前の状況:フルスキャンとバッチ処理の壁
Apache Hudi導入前、私たちの組織ではデータレイク上にCSVやParquetといったファイル形式でデータを蓄積していました。分析やレポーティングに必要なデータは、定期的にデータレイクから抽出・変換され、DWHやデータマートにロードされていました。
しかし、基幹システムからのデータ連携においては、過去データの更新や削除が日常的に発生します。これらの変更をデータレイクに反映させるためには、以下のいずれか、あるいは両方のアプローチを取る必要がありました。
- フルリフレッシュ: 変更があったテーブル全体をデータレイク上で削除し、新しいデータで置き換える。これはデータ量が少ない場合は有効ですが、大規模データでは処理時間が膨大になり、リアルタイム性も損なわれます。
- マージ処理: 既存のデータと変更差分を読み込み、JOINやGROUP BYといった処理でマージし、新しいデータセットとして書き出す。このアプローチは計算コストが高く、ETLパイプラインが複雑化しやすい傾向にありました。
いずれの方法も、データレイク上のファイルに対する操作が基本となるため、データの部分的な変更を効率的に行うことが困難でした。結果として、データ更新処理は大規模なバッチ処理に依存し、その実行時間や必要なコンピューティングリソースが肥大化していました。これにより、データ鮮度の維持が難しくなり、分析担当者は常に最新のデータにアクセスできるわけではなく、また、IT部門はバッチ処理の実行コスト(特にクラウド環境での計算リソース費用)に頭を悩ませていました。
導入の意思決定と選定:Apache Hudiへの期待
このような状況を打開するため、データレイクにおけるデータ更新をより効率的に行う手段の検討を開始しました。いくつかの選択肢を評価した結果、Apache Hudiが私たちの課題解決に最も適していると判断しました。選定の決め手となった主な理由は以下の点です。
- Incremental Processing: データの変更差分(INSERT/UPDATE/DELETE)のみを効率的に処理し、増分データとして公開できる機能です。これにより、フルスキャンや大規模マージ処理への依存を減らすことが期待できました。
- ACIDトランザクション: データレイク上のデータに対して、トランザクション特性(Atomicity, Consistency, Isolation, Durability)を提供します。これにより、複数の同時書き込み処理の整合性を保ちつつ、データ品質を向上させることが可能になります。
- スキーマ進化(Schema Evolution)対応: データ形式の変更(列の追加、削除など)に柔軟に対応できる機能です。変化の速いビジネスニーズに合わせたデータ構造の変更が容易になります。
- オープンソースエコシステムとの連携: Hadoop、Spark、Presto、Hiveといった既存のデータ分析スタックとの親和性が高い点も重要な要素でした。
他のOSSライブラリ(Apache IcebergやDelta Lakeなど)との比較検討も行いましたが、当時の開発状況やコミュニティの活発さ、私たちの特定のユースケースにおけるIncremental Processingの要件を満たす機能性などを総合的に評価し、Apache Hudiの採用を決定しました。
導入における懸念点としては、まだ比較的新しい技術であったため、技術的なキャッチアップのコストや、日本語の情報が少ないことなどが挙げられました。これに対しては、主要メンバーによる集中的な学習期間を設け、公式ドキュメントやSlackコミュニティを積極的に活用することで対策を進めました。
具体的な導入・活用:データパイプラインの再構築
Apache Hudiの導入は、既存のデータパイプラインの再構築を伴いました。具体的には、データレイクへの書き込み処理をApache Sparkで実装し、Hudiライブラリを利用してデータをHudiテーブルとして書き出すように変更しました。
データ形式は、以下の2つのストレージタイプをユースケースに応じて使い分けました。
- Copy On Write (COW): 更新が発生すると、影響を受けるデータファイル全体を書き直す方式です。シンプルな実装で読み込み性能が高い反面、書き込みコストが比較的高い特徴があります。主に、読み込み頻度が高く、更新頻度が比較的低いマスターデータなどに適用しました。
- Merge On Read (MOR): 更新データ(デルタログ)を別途追記し、読み込み時に元のデータファイルとマージする方式です。書き込みコストが低い反面、読み込み時にマージ処理が必要となるため、読み込み性能はCOWに比べて劣る場合があります。頻繁に更新が発生するトランザクションデータなどに適用しました。
これにより、以下のようなデータパイプラインが実現できました。
- 基幹システムから抽出された変更差分データ(CDC: Change Data Captureなど)をデータ収集基盤(例: Fluentd + Kafka)に取り込みます。
- Spark Streamingまたはマイクロバッチ処理で、Kafkaから差分データを読み込みます。
- Hudiライブラリを使用して、データレイク上の対応するHudiテーブルに差分データを書き込みます。Hudiが自動的にトランザクション管理とファイル管理を行います。
- データ分析クエリ(例: Presto/Trino, Spark SQL)からは、Hudiテーブルを標準的なテーブルとして参照できます。Incremental Query機能を利用することで、前回のクエリ以降に発生した変更差分のみを効率的に取得することも可能です。
導入によって得られた成果:コスト削減と効率化の具体例
Apache Hudiの導入は、期待以上のコスト削減と効率化をもたらしました。
- 計算リソースコストの削減(定量): 最も効果が顕著だったのは、データ更新バッチ処理にかかるコンピューティングリソースの大幅な削減です。特に、これまでフルスキャンとマージ処理に数時間かかっていた大規模テーブルの更新処理が、HudiのIncremental Processingにより数十分、あるいは数分で完了するようになりました。これにより、クラウド環境でのSparkクラスターの利用時間が平均で40%以上削減され、直接的なインフラコスト削減につながりました。
- データ更新処理時間の短縮(定量): バッチ処理時間の短縮は、データパイプライン全体の実行時間を劇的に短縮しました。これにより、データマートへのデータ反映時間が早まり、BIツールやレポートから参照できるデータの鮮度が向上しました。従来、データの確定から分析担当者が参照できるまで半日かかっていたものが、2時間以内に短縮されました。
- ストレージ容量の最適化(定量/定性): MORタイプを活用することで、頻繁な更新によるファイルの小さな断片化を抑え、ストレージ容量の増加を抑制できました。また、Hudiのデータクリーンアップ機能により、古いバージョンのデータファイルを自動的に削除できるため、ストレージの管理工数を削減しつつ、総ストレージ容量を約15%抑制できました。
- データ鮮度向上と意思決定効率化(定性): 最新のデータに迅速にアクセスできるようになったことで、ビジネス側はよりタイムリーなデータに基づいた意思決定が可能になりました。これは、市場変化への迅速な対応や、機会損失の削減といった、定量化しにくいものの重要なビジネス貢献につながっています。
- ETL/ELTパイプラインのシンプル化(定性): Hudiがデータ更新の複雑なロジック(マージ、トランザクション管理)を抽象化してくれたことで、データパイプラインの実装がシンプルになり、開発・運用工数の削減につながりました。
直面した課題と克服
導入プロセスは順調な部分ばかりではありませんでした。
- 概念理解のハードル: Hudiのストレージタイプ(COW/MOR)、タイムライン(Commits, Cleansなど)、Incremental Queryといった概念が、従来のファイルベースのデータ処理とは異なるため、チームメンバー全員がこれらを理解するのに時間を要しました。
- 克服: 定期的なチーム内勉強会、公式ドキュメントをベースにした社内ドキュメント作成、ペアプログラミングなどを通じて、知識共有と習熟度向上に取り組みました。
- 運用監視方法の確立: Hudiテーブルの健全性監視(ファイル数の増加、小ファイルの偏りなど)、書き込みジョブのモニタリング、障害発生時の調査方法などを確立する必要がありました。
- 克服: Prometheus/Grafanaを利用したメトリクス収集・可視化、ログ分析基盤(Elasticsearch, Kibana)との連携、HudiのMetadata Tableを活用したテーブル状態の監視スクリプト開発などを行いました。
- パフォーマンスチューニング: データ量やワークロードの特性に応じて、Hudiの書き込みオプションやストレージタイプを適切に選択し、パフォーマンスを最大化するためのチューニングが必要でした。
- 克服: 小規模な検証環境でのパラメータチューニングを行い、本番環境への適用前に十分なパフォーマンステストを実施しました。コミュニティや関連ブログ記事の情報も大いに参考にしました。
これらの課題に対し、チーム一丸となって情報収集と検証、そして継続的な改善に取り組むことで、安定した運用を実現することができました。
まとめと今後の展望
Apache Hudiの導入は、データレイクハウスにおけるデータ更新処理という長年の課題に対し、OSSを活用した効果的な解決策をもたらしました。計算リソースコストの削減、処理時間の短縮、ストレージ容量の最適化といった定量的な成果に加え、データ鮮度の向上やパイプラインのシンプル化といった定性的なメリットも享受できています。
この事例から得られる重要な示唆は、データレイクハウスを単なるストレージとしてではなく、データ資産の鮮度と品質を維持するための「リビングデータレイク」として捉え、適切なツール(この場合はApache Hudi)を導入することの重要性です。OSSを活用することで、特定のベンダーに依存することなく、柔軟かつコスト効率の良いデータ基盤を構築できる可能性が広がります。
今後は、Hudiの機能であるIncremental Queryをさらに活用し、リアルタイムに近いデータ分析や、ストリーム処理とのより密接な連携を進めていくことを検討しています。また、Hudi上に構築したデータ資産を、組織内の様々なデータ活用シーンでさらに活かせるよう、継続的な改善と拡張を進めてまいります。データレイクハウスの運用・コストに課題を抱える多くの組織にとって、Apache Hudiは強力な選択肢となり得ると考えられます。